腰椎手術に次世代型人工骨 - 腰痛、坐骨神経痛患者に朗報 -

腰椎手術に次世代型人工骨 - 腰痛、坐骨神経痛患者に朗報 -

2009年1月5日


新しい人工骨で結合した犬の脊椎。
中央の黒い部分が多孔体チタン=京大病院で

 京都大学医学部附属病院(中村孝志院長・整形外科教授)は腰痛や坐骨神経痛の手術治療に用いる新しい人工骨を開発し、2008年10月臨床試験を開始しました。その第一例の手術が無事に終了しました。

 新しい人工骨は直径100~ 500ミクロンの周囲から連続した孔により形成されたチタン金属の多孔体でできており、特殊な処理により、骨と直接結合する骨伝導能と、材料自身が骨を形成させる骨誘導能をあわせ持つ、これまでに無い人工骨であり、京大病院整形外科と中部大学生命健康科学部生命医科学科の共同研究で開発したものです。周辺から中心部まで連続する多孔体構造は周囲からの骨の進入に適しています。また、高い強度を有するこの多孔体は、脊椎などの大きな荷重のかかる部位に用いてもこれまでのセラミックスなどのように破損しません。

 今回の臨床試験は京大病院整形外科と京大病院探索医療センターが共同で進めるプロジェクトで、医師が中心となり医療用デバイスの開発と臨床試験を行うという、これまでにない型での研究です。

 開発者の藤林俊介医師と竹本充医師(同整形外科助教)によると、この人工骨を腰椎すべり症や椎間板症などに対する脊椎固定手術の際に用いると、骨盤から骨を採取することを省略できるので、患者さんへの侵襲が少なく、手術時間も短縮できます。チタンはすでに広く整形外科領域で用いられている金属であり、チタン製の人工関節の表面に同じ処理を施したものはすでに臨床応用され、材料の安全性に問題はありません。今回の臨床試験では新たに多孔体構造技術を導入した人工骨の安全性と有効性を確認する予定です。倫理委員会の承認を経て、11月に第一例患者の手術が無事終了し、患者は術後約2週で退院し、術後1ヶ月の経過は良好です。1月中には2例目の患者の手術が予定されています。

背景

 人が生涯のうちに腰痛を経験する割合は50%~80%と非常に高く、その原因には腰部椎間板症、腰椎変性すべり症、腰椎分離すべり症などの腰椎変性疾患が上げられている。それらのうち、腰椎の不安定性や椎間板変性に起因する腰痛を認め、保存的加療で症状が十分に改善しないものにおいては腰椎椎間固定手術が行われている。腰椎固定術には骨盤等から採骨した移植骨を充填する手技が一般的には行われるが、この移植骨採取については、(1)手術に際しての新たな侵襲を正常部位にも加えなければならないこと、(2)採骨に伴う手術時間の延長、出血、術後の採骨部痛などの問題、(3)高齢者では移植骨の質や量の問題がある。また、これまでにも自家骨に代わるセラミックス製人工骨を脊椎などの荷重部に用いる試みはされているが、緻密体で用いた場合には材料表面でしか骨と結合しないこと、骨結合に長期間を要することなどの問題があった。早期の骨結合が期待出来る多孔体セラミックスは脆弱であり、荷重下では破損するため、用いることができない。上記の問題を解決した生体活性チタン多孔体を人工骨として使用することで、採骨と採骨にともなう様々な合併症を回避することができる。今回の臨床試験では、生体活性処理多孔性チタンを椎間固定用の移植骨として使用し、採骨回避などの臨床効果、及びインプラント挿入における安全性について検討することを目的としている。

人工骨概要 

 生体活性チタン多孔体は、純チタン製の連通構造を有する多孔体である。内部の連通孔は周囲と99%以上つながっており、80%以上の気孔は周囲と50µm以上の連通孔径を持つことが分かっている。本臨床試験で用いるインプラントは手術の際の操作性、安全性、強度を向上させる目的で外枠を緻密体で加工したものである。この加工により圧縮強度は降伏強度で80MPa以上、耐荷重10000Nとなり荷重部での使用にも問題ない。この材料に対し生体活性処理を行うと内部まで均一な生体活性層が付与されるが、この生体活性層は約1µmと薄くインプラントの連通構造には変化を与えないことが分かっている。この生体活性層は微細な網目構造を有する酸化チタン層でその結晶構造はアナタース、ルチルである。骨と直接結合することが可能な生体活性を持つ人工材料はヒト血漿成分を模倣して作製した擬似体液中で、生体内で骨形成が起こる時と同じように材料表面に骨類似アパタイトの沈着が起こる。この擬似体液浸漬評価においても生体活性処理多孔性チタンは内部の材料表面にも骨類似アパタイトの形成が起こることが確認されている。

 動物実験評価では、日本白色家兎大腿骨に埋入した結果、(1)多孔構造が骨や血管の進入に適した構造であること、(2)孔内に進入する骨が生体活性層を介して直接材料と結合し材料表面を覆うこと、(3)材料−骨間の結合は埋入1年までの観察で安定しており周囲に炎症反応などの有害な現象を起こさないことを確認している。ビーグル犬筋肉内埋入では、(1)埋入後3ヶ月以降、多孔体内に骨形成が起こり埋入1年まで経時的に骨形成は増加していくこと、(2)インプラント周囲に炎症反応などの有害な反応をおこさないことを確認している。又、ビーグル犬の腰椎を用いた脊椎固定術の前臨床的モデル実験では、術後1年までの観察で(1)術直後より経時的にインプラントと周囲の骨の結合が進行すること、(2)インプラント周囲に炎症反応などの有害な反応をおこさいないこと、(3)インプラント内部へは良好な骨形成、骨髄形成が起こることを確認している。

臨床試験

 本臨床試験は京都大学大学院医学研究科・感覚運動系外科学講座整形外科学と中部大学生命健康科学部生命医科学科の共同研究で開発した生体活性チタン多孔体を、医師が中心となり臨床応用するというこれまでに無い試みである。通常は企業主導で行う医療機器開発であるが、臨床応用までには膨大な費用と期間を要することになり、基礎研究の成果を臨床に応用することが困難であった。そこで、京都大学医学部整形外科助教の藤林俊介医師と竹本充医師が中心になり、京都大学医学部附属病院探索医療センターの協力で試験実施計画書を作成し、京都大学大学院医学研究科・医学部医の倫理委員会の承認を得て、今回の臨床試験を行うことになった。これらの試みにより優れた新規医療機器をより早く患者さんの治療に応用することが可能となり、国内での生体材料などの医療機器開発に関わる研究を活性化することができると考えられている。今回は生体活性チタン多孔体の有効性と安全性を確認することが目的であり、5例の患者さんに臨床試験が行われ、術後1年間追跡調査が行われる予定である。

手術内容

 治療対象は、3ヶ月以上の保存的治療(物理療法や薬物療法)で改善しない単椎間に病変を有する腰椎変性すべり症、腰椎分離すべり症、腰椎椎間板症である。腰痛を主訴とするが、坐骨神経痛などの下肢症状を合併する症例も対象とする。年齢は20歳以上80歳未満の患者を対象とする。術式は片側進入TLIF(経椎間孔的腰椎椎体間固定transforaminal lumbar interbody fusion)を用いる。この術式は近年行われている腰椎低侵襲手術である。手術は全身麻酔で行う。腰椎後方アプローチで椎弓根スクリューを刺入し、片側の椎間関節を切除し、椎間孔から椎間板にアプローチする。椎間板組織を切除したスペースに生体活性チタン多孔体インプラントを挿入する。脊柱管狭窄を伴う症例では脊柱管の除圧も同時に行う。スクリュー間をロッドで締結し、腰椎固定を完成させる。歩行練習を手術の翌日から開始し、術後約2週間で退院する。コルセットを術後6週間装着していただき、術後は1年間、定期的な外来通院にて臨床成績、レントゲンでの骨癒合などの評価を行う。

今後の展望

 本試験の結果をもとに次の段階として多施設共同治験あるいは先進医療などへの移行を計画している。

 

  • 科学新聞(1月16日 4面)、京都新聞(1月6日 25面)、産経新聞(1月6日 27面)、日本経済新聞(1月6日夕刊 16面)および毎日新聞(1月15日 24面)に掲載されました。