植物に抵抗性を誘導する昆虫由来エリシターの昆虫にとっての生理的意義を解明

植物に抵抗性を誘導する昆虫由来エリシターの昆虫にとっての生理的意義を解明

2008年10月28日


左から、吉永直子 研究員、森直樹 准教授

 農学研究科 吉永 直子 研究員(昆虫COE)と同応用生命科学専攻 森 直樹 准教授の研究グループは、植物に抵抗性を誘導するハスモンヨトウの唾液成分ヴォリシチン(volicitin)は昆虫にとっても有利に働く機能を持つことを発見しました。詳しい結果は、アメリカ東部時間2008年10月27~31日にアメリカ科学アカデミー紀要電子版に掲載される予定です。

 本研究は、京都大学21世紀COEプログラム「昆虫科学が拓く未来型食料環境学の創生(代表藤崎憲治教授)」との連携で行われました。

発見の背景と意義

 近年、食の安全と安定供給に対する関心が非常に高まっています。本研究は、昆虫-植物間で働く相互作用を化学物質レベルで詳細に解析し、昆虫に対して植物が本来持っている抵抗性を利用した新しい植物保護の技術開発を目指した基礎研究の一環として行いました。

 トウモロコシやタバコは、鱗翅目昆虫幼虫の食害により特有な揮発成分を放出し、幼虫の天敵はこの香りを利用して寄主を発見すると考えられています。この揮発成分を放出させる鍵化合物(エリシター)として、幼虫の唾液からヴォリシチンが同定されていました。このヴォリシチンは植物由来のリノレン酸と幼虫由来のアミノ酸の一種グルタミンを利用して、幼虫自身が生合成しています(図1)。しかしながら、自分の生存に不利に働くヴォリシチンを何故幼虫自身が生合成するのかについては、この10年間全く判っていませんでした。


図1 鱗翅目幼虫-植物-天敵の相互作用


図2 植物を加害するハスモンヨトウ

 吉永研究員らは、広食性の害虫で、ダイズ・サトイモ・サツマイモ・ハウス野菜など多くの農作物を加害するハスモンヨトウ(図2)を用いて、ヴォリシチンの生合成を詳細に調べました。その結果、ヴォリシチンは幼虫の窒素代謝の効率化に役立っていることが判りました(詳細は、下記の研究概要を参照下さい。)。植物中にはタンパク質含有量は少なく、急速に巨大化する幼虫にとって、窒素は無駄に出来ない重要な元素です。したがって、幼虫にとってヴォリシチンは植物を介して自らの居場所を天敵に伝える不利益はあるものの、窒素代謝の効率化という利益があるゆえに、ヴォリシチンを生合成していると考えられます。このように、昆虫-植物間で働く相互作用は利益と不利益の微妙なバランスの上に成立していることが伺えます。

 本発見は、昆虫-植物間で働く相互作用の理解に、新たな視点を提供するものと云えます。

研究概要

 吉永研究員らは、放射性および安定同位体でラベルした脂肪酸(リノレン酸)、グルタミンやアンモニウムイオンをハスモンヨトウ幼虫に与え、それらの分子の動態をオートラジオグラフ、核磁気共鳴スペクトル、質量分析計で詳細に追跡しました。その結果、老廃物であるアンモニウムイオンがグルタミン酸と酵素反応により生合成されたグルタミンが特異的にリノレン酸と縮合しヴォリシチンとなった後、腸管内腔に分泌されることを見出しました。腸管に分泌されたヴォリシチンは必要時に加水分解され、リノレン酸とグルタミンに分解され、再度体内に吸収されます。

 このように、タンパク質の消化の結果生じる老廃物アンモニウムイオン中の窒素を排出するのではなく、ヴォリシチンとして腸管内腔に貯蔵しており、必要時にはグルタミンとして体内に再吸収していることになります。したがって、ヴォリシチンとは腸管内腔におけるグルタミンの貯蔵体として位置付けられます。実際に、アンモニウムイオン、グルタミン酸の基本成分にリノレン酸を含む人工飼料と含まない人工飼料の二つを作成しハスモンヨトウに与えた場合、前者の飼料ではハスモンヨトウの窒素吸収量は40%であるのに対し、後者の飼料では60%になり、リノレン酸存在がヴォリシチンを介して窒素成分が効率的に利用されていることが判りました。

  • 京都新聞(10月29日 25面)、日刊工業新聞(10月29日 26面)および毎日新聞(11月6日 24面)に掲載されました。