高温超伝導体は強い磁場中では普通の金属に戻ることを発見

高温超伝導体は強い磁場中では普通の金属に戻ることを発見

2008年5月13日

  理学研究科の芝内孝禎 准教授、松田祐司 教授らの研究グループは、IBMワトソン研究所および名古屋大学と共同で、高温超伝導体の最大の謎であった“奇妙な金属”の状態が磁場により消失することを発見し、この研究成果が、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS))」誌5月12日-16日の週の電子版に掲載されることになりました。

研究成果の概要

 京都大学、IBM ワトソン研究所、名古屋大学は共同で、銅酸化物高温超伝導体の最大の謎であった奇妙な金属状態が、地球磁場の百万倍もの強い磁場をかけることにより、普通の金属に戻ることを世界で初めて明らかにしました。

 超伝導は電気抵抗がゼロとなる現象ですが、温度を上げたり磁場をかけたりすると超伝導が壊れ、電気抵抗が発生した金属状態となります。銅酸化物高温超伝導体は、1986 年の発見直後から、電気抵抗が普通の金属とは違う温度変化を示すなどの異常性が見出され、物理学の大きな問題となっています。この原因が特定できれば、高温超伝導の機構解明や室温超伝導体に向けての設計指針に重要な手がかりとなると考えられています。

 今回、タリウム系とよばれる高温超伝導体の電気抵抗を磁場中で詳細に調べた結果、45 テスラという強い磁場中では異常性が消え、普通の金属に戻ることを発見しました。この結果は、高温超伝導発現に磁気的な機構が働いていることを明快に示しているだけでなく、絶対零度において量子相転移とよばれる新しい現象が存在することを示しています。

研究の背景

 電気抵抗がゼロになるなど、「超伝導」は多くの技術革新を秘めている現象です。通常の超伝導体は絶対温度20 度程度以下の非常に低い温度で超伝導状態となります。これに対し、より高い温度で超伝導になる物質群が現在まで主に(i) 銅酸化物高温超伝導体、(ii)二ホウ化マグネシウム、(iii) 鉄-砒素系オキシニクタイド、の3 系統見つかっており特に(iii) は今年になり発見されるなど、高温超伝導に関する研究の競争は激しさを増しています。現在最も温度の高い超伝導は(i) の銅酸化物ですが、その発現機構が未解決であることが、より高い温度の超伝導の設計指針を困難なものにしています。

  現在までに銅酸化物高温超伝導において最大の問題と考えられているのは、金属状態の異常性についてです。超伝導になる前の電気抵抗が有限の状態、つまり金属の状態において、銅酸化物高温超伝導体では、電気抵抗が通常期待される温度の2 乗に比例する温度変化を示さないことが早くからわかっており、その“奇妙な金属” 状態の原因を特定することが超伝導発現機構解明の鍵になると考えられてきました。

具体的な成果の内容

 本研究では、銅酸化物高温超伝導体の中でも、不純物などの影響が比較的少なく、基礎的な物性評価に適しているタリウム系とよばれる高温超伝導体単結晶の電気抵抗の温度変化を、45 テスラという強い磁場をかけて詳細に測定した結果、磁場中では通常の金属に見られる温度の2 乗に比例する電気抵抗の温度変化を示すことを発見しました(図1)。この通常金属の振る舞いが現れる領域は図2 に示すように磁場と共に変化し、絶対零度ではちょうど超伝導が壊れる磁場で量子相転移とよばれる新しい現象が存在することが明らかになりました。このことは、高温超伝導を引き起こす異常金属状態が磁気的な機構により実現しており、磁場をかけることによりその機構が抑制され、通常金属状態に戻ることを明快に示すものです。

 

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図1: タリウム系高温超伝導体単結晶の電気抵抗率の温度依存性。
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図2: 今回明らかになった高温超伝導体の温度-磁場相図。

 このような磁場による状態の変化は、磁気的な機構で発現することが知られている超伝導の特徴と類似しており、これまでの従来型超伝導とは発現機構が異なる超伝導体の統一的理解へとつながる大きな手がかりとなることが期待されます。

掲載論文名

「Field-induced quantum critical route to a Fermi liquid in high temperature
superconductors」(磁場により量子臨界的に誘起された高温超伝導体のフェルミ液体状態)

著者名

芝内孝禎, Lia Krusin-Elbaum, 長谷川正, 笠原裕一, 岡崎竜二, 松田祐司

用語解説

銅酸化物高温超伝導体

 1986 年にスイスのIBM 研究所にて発見された銅を含む酸化物で、従来よりも高い温度で超伝導になる物質をさします。現在までに多くの種類の銅酸化物高温超伝導体が見つかっており、水銀系とよばれる物質では高圧の下、現時点で最も高い絶対温度約160 度で超伝導になります。

45 テスラ

 「テスラ(T)」は磁束密度の単位で1 T = 10,000 G(ガウス) です。地球磁場は場所により少し異なりますが、東京では0.45 G 程度であり、今回の45 T はそれの百万倍にあたります。世界でも45 T の直流磁場を発生することのできる施設はフロリダの米国立高磁場研究所に1 台あるのみで、今回の測定はこの施設を利用して研究を行ったものです。

磁気的な機構

  超伝導は2 つの電子がペアを組んで新しい状態に変化することで起きますが、通常はそのペアを組むのに必要な「のり」にあたるものが結晶格子の振動です。この「のり」にあたるものが従来型の超伝導とは異なる新しいタイプの超伝導の存在の可能性が理論的に研究されています。「のり」に小さな磁石のようなものを考えた磁気的な機構も高温超伝導発現機構の有力な候補の一つです。

量子相転移

 ある状態が別の状態に急激に変わってしまうことを相転移といい、例えば水が氷に変化するのも相転移の一種です。相転移は通常、有限の温度でおきます。これに対し、絶対零度でのみ状態が変化する現象を量子相転移とよびます。量子相転移近傍では低温で様々な奇妙な物性が出現するため、現在盛んに研究が行われています。

  • 京都新聞(5月13日夕刊 10面)、産経新聞 (5月14日 24面)、日経産業新聞(5月14日 10面)および毎日新聞(7月20日 25面) に掲載されました。