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ニュースリリース

免疫反応を調節するT細胞の特異的マーカーの発見
2007年7月6日



左から、山口 智之 特任助教、坂口 志文 教授
 坂口 志文再生医科学研究所教授らの研究グループは、免疫反応を調節する制御性T細胞の新規分子マーカーを発見し、この分子マーカーを用いることにより種々の免疫をコントロールできることを示しました。この研究は自己免疫・アレルギー疾患の治療や、臓器移植における免疫抑制、腫瘍に対する免疫反応の活性化によるがん治療などにおいて、制御性T細胞を操作する新しい治療法の有効性・可能性を示すものです。
 なお、この研究成果は「Immunity」誌電子版に日本時間の7月6日(金曜日)に掲載されます。


■研究成果の概要
 京都大学(総長 尾池和夫)とJST(理事長 沖村 憲樹)は、制御性T細胞(注1)を活性化T細胞とを区別する細胞表面マーカーを発見し、これを用いて様々な免疫応答をコントロールできることを明らかにしました。免疫をコントロールすることは自己免疫病やアレルギー、腫瘍、臓器移植、感染症など様々な病態で重要な課題となっています。通常のリンパ球は免疫応答を活性化させますが、免疫反応を抑制する方向に制御する特別なリンパ球として制御性T細胞が存在します。制御性T細胞はリンパ球の約10%を占める、正常な免疫機能の維持に必要不可欠な細胞です。このT細胞は、自己免疫病(注2)やアレルギーといった過剰な免疫反応を抑制する一方で、腫瘍に対する免疫反応などの有益な免疫反応も抑制してしまうことが知られています。また、制御性T細胞が移植臓器の拒絶を防ぐことも知られています。
 従来の免疫をコントロールする方法は、通常のリンパ球の活性化や数を操作するものであります。制御性T細胞を操作する方法の開発は、免疫疾患やがんに対する新しい治療法につながると期待されています。しかし、免疫応答を強める活性化T細胞と免疫応答を抑制する制御性T細胞とを区別するための有用な細胞表面マーカー(注3)が知られていなかったため、免疫応答が開始された後に制御性T細胞だけを操作することはできず、臨床応用する上での問題点となっていました。
 本研究チームは、制御性T細胞がビタミンである葉酸の受容体(4型葉酸受容体)(注4)を恒常的に高発現させていることを見出しました。この特性を利用することで、抗原刺激した細胞群から制御性T細胞のみを取り出すことが可能であり、そのようにして取り出した制御性T細胞を増殖させた後、動物に戻せば皮膚移植片の拒絶を抑制できることを示しました。逆に、腫瘍抗原に反応したT細胞群から制御性T細胞だけを除いて、強い抗腫瘍免疫活性を持つT細胞を調整できることも示しました。また担癌動物に対して、4型葉酸受容体に特異的な単クローン抗体を投与することで、制御性T細胞を特異的に除去することができ、その結果、抗腫瘍免疫応答を亢進させ、進行癌をも拒絶させることが可能であることを示しました。
 今回の研究により、4型葉酸受容体を分子マーカーとして、制御性T細胞を特異的に操作することにより、臓器移植、担癌患者など様々な病態での免疫応答をコントロールできることが明らかになりました。また、制御性T細胞や葉酸を標的とした新しい免疫・細胞療法の可能性が示されました。今回の研究は動物モデルを用いたものであり、ヒトでも4型葉酸受容体をマーカーとすることで、制御性T細胞を特異的に操作できるか、そのような操作がどのような疾患に有効かを研究することが今後の課題です。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:岸本忠三)の研究テーマ「制御性T細胞による免疫制御法の開発」の研究代表者・坂口志文(京都大学再生医科学研究所 教授)らのグループによって得られたもので、米国免疫学専門雑誌「Immunity」電子版に2007年7月6日(日本時間)に掲載されます。


<研究の背景>
 身体の中にある免疫系は、生体へ侵襲しようとする様々な微生物、異物を認識し排除するための免疫機能を備えていますが、その機能が適切に制御されないと、自分の細胞や病原性のない花粉などまで過剰に排除しようとします。そのため、正常な免疫系は、こうした過剰な免疫反応によってひきおこされる自己免疫疾患・アレルギー性疾患が発症しないようにするために、特別な制御機構を備えています(図1A)。細胞レベルでこの現象を説明すると、微生物などの非自己の抗原に対しては、活性化されていないナイーブT細胞が抗原刺激を受けてエフェクターT細胞となり、異物を排除するための免疫反応を引き起こします。一方で、自己抗原に対しては、制御性T細胞が免疫反応を抑制的に調節します(図1B)。この制御性T細胞は正常個体リンパ球中の約10%を占める、正常な免疫機能の維持に機能する必要不可欠な細胞です。
 自己免疫病やアレルギーなどでは、制御性T細胞が不十分で、過剰な免疫反応が起きている一方で、がん患者では制御性T細胞が増加し腫瘍免疫などの有益な免疫反応を抑制していることが知られています(図1C)。もし、制御性T細胞の働きを人為的に強めることができれば、自己免疫病やアレルギーなどの有害な免疫反応を抑えられると考えられます。また逆に、がん患者の制御性T細胞の働きを弱めることができれば、腫瘍に対して有益な免疫反応を引き出すことにより、がんの効果的な治療ができると予想されます。
 しかし、これまで制御性T細胞とエフェクターT細胞を区別する細胞表面マーカーがありませんでした。制御性T細胞のマーカーであるCD25分子などは、制御性T細胞と活性化されていないナイーブT細胞とを区別する上では有用なマーカーですが、後段で示す通り、エフェクターT細胞でも発現されます。Foxp3は制御性T細胞に特異的に発現している転写因子ですが、細胞内分子であるという問題がありました。このため、例えば免疫を抑制する場合には、T細胞全体の数や機能を抑制する薬剤が使われ、この結果、その必要のない制御性T細胞も同時に抑制されるという問題が指摘されています。免疫を抑制する制御性T細胞と免疫を活性化するエフェクターT細胞とを区別する方法の確立は、制御性T細胞を標的にした新しい治療法のための重要な課題となっていました。



図1 制御性T細胞は様々な免疫応答を抑制する

A 正常な免疫系では非自己抗原に対して応答を示す一方、自己抗原に対する応答は抑制されています。
B 免疫細胞は活性化されていないナイーブT細胞と免疫応答を起こすエフェクターT細胞と抑制性の制御性T細胞に分類されます。制御性T細胞とエフェクターT細胞を区別することは困難で、従来の薬剤はすべての免疫細胞の活性化を一律に操作していました。
C がん患者では制御性T細胞が相対的に強く、自己免疫病や移植臓器の拒絶ではエフェクターT細胞が強くなっています。このバランスを操作するためには制御性T細胞とエフェクターT細胞を区別する必要があります。


<研究成果の内容>
 本研究チームは、制御性T細胞がビタミンである葉酸の受容体(4型葉酸受容体;FR4)を高発現させていることを見出しました(図2)。重要なことに、抗原刺激後も制御性T細胞は4型葉酸受容体を高発現していました。この特性を利用することで、抗原刺激した細胞群から制御性T細胞とエフェクターT細胞とナイーブT細胞とを区別することが可能でした。CD25と4型葉酸受容体高発現細胞として、抗原に対して強い抑制活性を持つ制御性T細胞のみを取り出すことが可能でした(図2)。このようにして取り出した制御性T細胞は臓器移植に応用可能であり、MHC(注5)不一致の他系統の皮膚片を移植した動物に戻した場合に、皮膚移植片の拒絶を抑制できることを示しました(図2)。これらの結果は、免疫応答が起きている細胞集団から制御性T細胞だけを取り出すことができれば、その制御性T細胞は刺激抗原に対して強い抑制活性を有していることを示すものです。過剰な免疫応答の起きている移植臓器の拒絶や自己免疫病の治療への制御性T細胞の有効性を示す結果でもあります。



図2 葉酸受容体4(FR4)発現を用いた制御性T細胞の分離

A. マウスT細胞を別系統マウス抗原で刺激前後のCD25とFR4の発現パターンを示します。
図中aとcの細胞分画が制御性T細胞で、bとeの細胞分画がナイーブT細胞で、dの細胞分画がエフェクターT細胞であった。制御性T細胞とエフェクターT細胞はCD25の発現レベルでは区別できないが、FR4発現レベルにより区別できることを示しています。
B.未刺激のCD25分子を細胞表面に発現していない(CD25-)、ナイーブT細胞の増殖(●)応答および、FR4とCD25高発現分画として分離された制御性T細胞との様々な比率での共培養下での増殖応答を示します。ナイーブT細胞の増殖応答が制御性T細胞により抑制され、抗原刺激に対して強い抑制活性を有する制御性T細胞を、FR4をマーカーとすることで分離できました。尚、図中のFR4hiは細胞がFR4を高発現させていることを示す略号です。
C. 移植皮膚の生着延長を示しました。MHC不一致の皮膚片(B6由来)を移植したヌードマウスにT細胞を移入すると、T細胞のみを移入した場合は30日程で皮膚は拒絶される(●)が、移入する細胞分画に抗原刺激した制御性T細胞分画を加えると有意に生着を延長できました(■)。一方、CD25と中程度のFR4を発現している細胞を移入すると皮膚の拒絶は促進されました(◇)。尚、図中のFR4intは細胞がFR4を中程度発現していることを示す略号です。

 次に、4型葉酸受容体に対する抗体を用いて、制御性T細胞を特異的に除去し、腫瘍免疫を増強することが可能であるかを検討しました。腫瘍を接種した動物からリンパ球を取り出し、腫瘍抗原に反応したT細胞群を投与するという方法は、ヒト悪性黒色腫患者など有効性の示されている免疫療法です。同様の方法で腫瘍抗原に反応したT細胞群を調べると5%程度の制御性T細胞分画を含むことが分かりました。腫瘍抗原に反応したT細胞群から4型葉酸受容体が高発現させた細胞だけを除くと、より強い抗腫瘍効果を持つ細胞を得ることができました(図3)。また、4型葉酸受容体に特異的な抗体を投与することで、制御性T細胞を特異的に除去することができます。腫瘍接種直後にこの抗体を投与すると全例で腫瘍を拒絶できました。また、腫瘍接種8日後、一旦腫瘍が生着した後に抗体を投与した場合でも半数以上の例で腫瘍を拒絶し長期生存させることが可能でした。(図4)。
 今回の研究は、免疫応答が起きている時の制御性T細胞とエフェクターT細胞を区別し、その性質を調べ、いかに免疫応答をコントロールできるかを示したものです。抗原刺激があると、活性化したエフェクターT細胞が誘導されるだけでなく、その抗原に対して強い抑制活性を持つ制御性T細胞も誘導されます。この強い制御性T細胞を用いて免疫応答を抑制することができ、また強い制御性T細胞を除くことでより強い腫瘍免疫を誘導することが可能であることを示しました。



図3 制御性T細胞の特異的な除去による腫瘍免疫の増強

A. リンパ球を腫瘍細胞と9日間共培養し、CD25とFR4の発現を調べた。CD25とFR4を高発現させている細胞分画について5%程度認めました。また、FR4に対する抗体を用いて、FR4高発現細胞分画を除去することができました。
B. Tリンパ球のないマウスに上記細胞分画を移入し、腫瘍を接種した場合のマウスの生存率を示します。リンパ球を腫瘍抗原で刺激した細胞を移入するだけでは充分な腫瘍免疫は得られないが、更にFR4高発現分画を除いた場合には有意に生存の延長を認め、4割以上で腫瘍を拒絶できました。



図4 4型葉酸受容体抗体を投与による腫瘍の治療

正常マウスに腫瘍を接種し、4型葉酸受容体に対する抗体もしくはコントロールIgGを腫瘍接種と同日(A)もしくは接種後8日目以降(B)に投与し、腫瘍径と生存率を調べました。
抗体の投与により4型葉酸受容体を高発現する制御性T細胞を除去することができました。腫瘍接種と同日の抗体投与で全例に腫瘍拒絶が誘導でき、径4mm以上に大きくなった腫瘍に対しても半数以上で拒絶を誘導できました。
CD25に対する抗体では生着した腫瘍に対する効果は得られないことから、エフェクターT細胞を残して制御性T細胞を除去したことの効果と考えられます。


<今後の展開>
 今回の研究により、4型葉酸受容体を分子マーカーとして、制御性T細胞を特異的に操作することにより、臓器移植やがん患者など様々な病態での免疫応答をコントロールできることが明らかになりました。また、制御性T細胞や葉酸を標的とした新しい免疫・細胞療法の可能性が示されました。今回の研究は動物モデルを用いたものであり、ヒトでも4型葉酸受容体をマーカーとすることで、制御性T細胞を特異的に操作できるか、その様な操作がどのような疾患に有効かを研究することは今後の課題です(図5)。すべてのリンパ球の活性化や数を一律に低下させる免疫抑制剤や、腫瘍抗原で制御性T細胞を含む全リンパ球を活性化させる方法が今の治療方法ですが、制御性T細胞を他の細胞と区別してその数や活性化をコントロールする方法が次の世代の有効な治療法となると考えられ、葉酸受容体を標的とする方法はその有力な候補です。



図5 人での4型葉酸受容体

ヒトの4型葉酸受容体の遺伝子をRT-PCRにより増幅した結果。ヒトの制御性T細胞は4型葉酸受容体を発現していることが確認できました。



<論文名>
 ”Control of immune responses by antigen-specific regulatory T cells expressing the folate receptor”
 (葉酸受容体を発現した抗原特異的な制御性T細胞による免疫応答の操作)


<研究領域等>
 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。

 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
 研究領域:「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
 (研究総括:岸本 忠三(大阪大学大学院生命機能研究科 教授))
 研究課題名:「制御性T細胞による新しい免疫制御法の開発」
 研究代表者:坂口 志文 京都大学再生医科学研究所 教授
 研究期間:平成15年度〜平成20年度


 朝日新聞(7月6日夕刊 15面)、京都新聞(7月6日 30面)、日刊工業新聞(7月6日 20面)、日本経済新聞(7月6日 15面)、毎日新聞(7月6日 3面)及び読売新聞(7月6日夕刊 13面)に掲載されました。