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ニュースリリース

熱帯雨林音環境再現システム 概要説明


財団法人 国際科学振興財団 理事・主席研究員
文明科学研究所 所長
大橋 力


<ボルネオ熱帯雨林の環境音を高い忠実度で再現>
 人類の遺伝子のゆりかごといわれる自然性の高い熱帯雨林には、人間の知覚限界(20kHz)を超え時として150kHz以上に達する音として聴こえない高周波成分が満ち溢れています。ボルネオの熱帯雨林環境音はまさにその究極のひとつで、時として150kHzをこえるほどの豊富な高周波成分を含んでいることを私たちは見出しました。それに対して、都市市街地の環境音の平均周波数上限は、約10kHz程度にとどまっており、両者の差は著しいものがあります(※1)(図1)。

市街地環境音(東京都中野区)
熱帯雨林環境音(マレーシア)
図1 市街地環境音と熱帯雨林の環境音との周波数構造の違い
(MEスペクトルアレイ・1秒間の周波数分布の変化)


 長尾 真先生のご寄付により京都大学総合博物館で実現したシステムは、この熱帯雨林の音環境を高い忠実度で再現するために最先端の情報技術を駆使して開発したもので、熱帯雨林の環境音を高い忠実度で体感できる世界初の展示となりました。

<熱帯雨林環境音収録・再生のための装置類>
 熱帯雨林の環境音は、超高密度性、高複雑性、変容性が著しく、私たち人類の知覚をはるかにこえる高度な構造を具えています。それは、現代の市街地環境音のもつ低密度性、単純性、単調性とたいへん大きく隔たっています。音楽や環境音を再生するための現在一般的なデジタルオーディオ技術は、人間に知覚できる音が再生可能ならばよい、という考え方に立っています。従って、たとえばCDの再生周波数帯域上限は22.05kHz以下、というように、人間に聴こえない高周波帯域に対応する技術はたいへん未成熟な段階にあります。そのため、在来のオーディオ技術そのままでは熱帯雨林の響きを捉え、再現することができません。そこで、京都大学総合博物館のなかに熱帯雨林環境音を現地さながらに響かせるために、文部科学省独創的革新技術開発研究により大橋プロジェクトが開発した最新鋭の環境音収録・編集・再生システムを活用しました。
 今回、博物館に実現したシステムでは、7台のオリジナル超広帯域スピーカーと1台の低周波帯域再生用サブウーハーをジオラマ大空間の随所に配置して、熱帯雨林の音環境を、これまで世界に例のないきわめて高い臨場感で再現しています。特に、熱帯雨林環境音の特徴である超高周波成分をできるだけ忠実に再生できるよう、システム設計全般にわたって工夫を凝らしています。

<音源について>
 音源は、国際的に見てもとりわけ高度に保全されたボルネオ島の熱帯雨林内のスポットに150kHzを超える超広帯域録音が可能な最新鋭の録音システムを開発して持ち込み、多チャンネル・サラウンド録音したオリジナルなものです。膨大な現地録音物をもとに、雷鳴が轟きスコールが降り注ぐ変容著しい森の響きを、夜明け前から昼までの森の情景を捉えた博物館現有の展示映像に合わせて、6チャンネルのサラウンド音源として編集しました。ボルネアン・ギボン(テナガザル)が鳴きかわす美しい声、サイチョウ、マレーヒメアオヒタギ、スンダガラスなどの鳥の声、そして世界最大級の蝉・テイオウゼミの声などが、森のジオラマ空間に響きわたります。その周波数スペクトルの時間平均は、150kHzに及ぶ空前のものとなっています(図2)。
 現地録音にあたっては、京都大学生態学研究センター北山兼弘教授をはじめとする京都大学の研究者のみなさまの手厚いご支援をいただきました。


図2 展示用音源に含まれている周波数成分(FFTスペクトル・全20分平均)


<こころとからだを癒す森の響き>
 可聴域上限をこえる高周波成分を豊富に含み非定常に変化する複雑性の熱帯雨林の響きは、人間の<基幹脳>(視床、視床下部、脳幹を含む基幹的機能を担う深部構造)とそこから発する神経ネットワークの活性化をもたらすことが、私たちと京都大学医学部との共同研究によって見出されました。そしてそれを反映した領域脳血流値の増大、脳波α波の増強、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少、音のより快く美しい受容の誘起、音をより大きく聴く行動の誘導など多岐にわたる応答が見出され、<ハイパーソニック・エフェクト>と総称されています。
 このハイパーソニック・エフェクトの発見を最も権威ある基礎脳科学論文誌のひとつJournal of Neurophysiologyに報告した論文(※2)は、同誌の公式ホームページに毎月公表される<The 50 Most-Frequency-Read Article>のトップページに掲載されるベスト5入りを2000年末に果たしてから現在まで連続して5位以内を保ち、そのうち21ヶ月において第1位に立つ、という、現時点の日本発の脳科学研究としてトップクラスの注目を集めています。そのほとんど例をみない国際的関心の背景は、ハイパーソニック・エフェクトが、都市環境によって衰えさせられている基幹脳の活性を回復させ、生活習慣病、発達障害、精神と行動の異常など文明の病理から人間を防御する可能性が明らかになってきたことによります。これは限れた紙幅でお伝えするにはあまりにも膨大な内容なので、参考資料(※3)をご参照いただければ幸いです。さらに、こころと体を癒す森の響きの不思議については、7月8日のワークショップでくわしくご紹介します。どうぞご期待ください。

<制作体制>
 全体監修・システム設計:大橋 力
 音響設計:豊島政実、上野 修、大橋 力
 音源収録:河合徳枝、八木玲子、前川督雄、本田 学、大橋 力
 音源編集:仁科エミ、亀谷江美子、大橋 力
 協力:サバ財団(マレーシア)/財団法人 国際科学振興財団/独立法人 メディア教育開発センター/文明科学研究所/株式会社 ビデオテック/株式会社 アクション・リサーチ

<参考文献>
 (※1)大橋 力、『音と文明―音の環境学ことはじめ』、岩波書店、2003.
 (※2) Oohashi T, Nishina E, Honda M, Yonekura Y, Kawai N, Maekawa T, Fukuyama H and Shibasaki H et al., Inaudible high-frequency sounds affect brain activity: Hypersonic effect, Journal of Neurophysiology 83, pp.3548-3558, 2000.
 (※3) 大橋 力、知覚をこえる音世界と脳−ハイパーソニック・エフェクトへの招待−,日本音響学会聴覚研究会資料,Vol.36,No.A, H-2006-A2, 2006.

<お問い合わせ>
 国際科学振興財団大橋研究室  oohashi-lab の後に @sun.nifty.jp をつけて下さい