研究成果の概要 地球上のほぼ総ての生物は植物の光合成産物を利用して生きている。光合成反応には光を吸収する色素(葉緑素、クロロフィル、Chlと略記)が必要で、水を分解して酸素を出す光合成を営む植物には必ず Chl a が存在する。我々の研究グループは Chl d を主な色素として持つ唯一の海産性シアノバクテリア(藍藻ともいう)、アカリオクロリス (Acaryochloris) 属を発見した(宮下ら、Nature 1996年、村上ら、Science 2004年)。この種にも Chl a が僅かに含まれている。従来は、水を分解するためには高い電位を発生することが必要なため、赤色光を吸収する Chl a が必須だと考えられてきた。我々は、アカリオクロリス属は、近赤外光を吸収し、Chl a と比較すると小さなエネルギーしか獲得できない Chl d を使いながら、高い電位を発生し、水を分解する機構を備えていた事を、生化学や赤外線分光学によって明らかにした。総ての酸素発生型光合成生物には普遍的に Chl a が存在するが、今回の発見はそれ以外の色素を使って、酸素発生(水分解)を行う仕組みが初めて見つかった事を示している。この結果は、酸素発生型光合成反応の基本的な仕組みが明らかになったこと、Chl d を人工光合成などの光素子として使える可能性があること、さらには海洋での第一次生産性の評価方法を再検討する必要があること、などへと波及する大きな成果である。
補完的な情報
1. 酸素発生型光合成反応系の基本的な仕組みが明らかになった。それは、水分解に必要な酸化電位と二酸化炭素の固定に必要な還元電位は変えられないこと、色素によって獲得できるエネルギーの大きさが異なる場合は、電位を変えることによって全体反応が調和的に機能するように変化を起こす仕組みを持つこと、であった。光素子が変わり、獲得できるエネルギーに違いが生じても、電位を調節する仕組みによって全体の反応系を維持する方法を同時に獲得することにより、生を維持することが判明した。Chl a を使う生物を対象としていただけでは明らかにすることができないが、Chl d という「変化(摂動)」を加えることで原理が明らかとなった。
2. Chlには、a, b, c, d があり、Chl d を持つ生物はただ1種のシアノバクテリアだけである。Chl d は60年前、アメリカ人化学者によって発見されたが、一度は人為的生成物と見なされ、誰も研究の対象としなかった。1996年、宮下らによるアカリオクロリスの発見により Chl d が実在する色素であることが確認された (Nature)。2004年、村上らによる Chl d の再発見により60年間の議論に終止符が打たれた (Science)。今回の研究で、この色素がシアノバクテリア細胞の中で機能しており、かつ、光合成生物の中で唯一の例外的な反応系を作っていた事が判明した。アカリオクロリスや Chl d の再発見、光化学反応系の解析の主要な部分は日本で行われた。世界の研究への貢献が著しく大きい。
図の説明
水の電気分解と光合成反応による水の分解の比較
水の分解には一定以上の電位 (1.1 V) が必要である(酸化電位という)。光合成の場合、電圧を発生するのは反応中心のスペシャルペアーと呼ばれるクロロフィル2量体である。電圧の大きさは吸収する光エネルギーに比例しており、Chl d は Chl a に比べて低い電圧しか発生できない。しかし電位を Chl a と同じに保つ仕組みを持つことにより、水分解を可能にしている。