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ニュースリリース

近赤外光を使って水を分解する光合成の新たな仕組みの解明
-地球の生産性と炭素循環に与える新たな視点-

2007年4月10日




左から三室 守 教授、鞆 達也 博士研究員
  三室 守 地球環境学堂・人間・環境学研究科教授らの研究グループは、近赤外光を使って水を分解する光合成の新たな仕組みを明らかにしました。これは、地球の生産性と炭素循環に新たな視点を与えるものと考えられます。


【発表論文】


論文題名

Identification of the special pair of photosystem II in a chlorophyll d-dominated cyanobacterium
クロロフィル d を主要な色素とするシアノバクテリア光化学系IIスペシャルペアーの同定)

掲載紙
 Proceedings of the National Academy of Science, USA (米国科学アカデミー紀要)

著者
 鞆 達也 (京都大学大学院地球環境学堂)
 大久保 辰則 (筑波大学大学院数理物質科学研究科)
 秋本 誠志 (北海道大学大学院工学研究科、[現在の所属]神戸大学分子フォトサイエンス研究センター)
 横野 牧生 (京都大学大学院人間・環境学研究科)
 宮下 英明(京都大学大学院地球環境学堂・大学院人間・環境学研究科)
 土屋 徹 (京都大学大学院地球環境学堂・大学院人間・環境学研究科)
 野口 巧 (筑波大学大学院数理物質科学研究科)
 三室 守 (京都大学大学院地球環境学堂・大学院人間・環境学研究科)

この研究は、科学研究費補助金「学術創成研究、研究課題:地球環境を支える光合成酸素発生系の解明-反応機構、獲得、継承」の支援を得て行われた。


近赤外光を使って水を分解する光合成の新たな仕組みの解明」
-地球の生産性と炭素循環に与える新たな視点-


 研究成果の概要
 
地球上のほぼ総ての生物は植物の光合成産物を利用して生きている。光合成反応には光を吸収する色素(葉緑素、クロロフィル、Chlと略記)が必要で、水を分解して酸素を出す光合成を営む植物には必ず Chl a が存在する。我々の研究グループは Chl d を主な色素として持つ唯一の海産性シアノバクテリア(藍藻ともいう)、アカリオクロリス (Acaryochloris) 属を発見した(宮下ら、Nature 1996年、村上ら、Science 2004年)。この種にも Chl a が僅かに含まれている。従来は、水を分解するためには高い電位を発生することが必要なため、赤色光を吸収する Chl a が必須だと考えられてきた。我々は、アカリオクロリス属は、近赤外光を吸収し、Chl a と比較すると小さなエネルギーしか獲得できない Chl d を使いながら、高い電位を発生し、水を分解する機構を備えていた事を、生化学や赤外線分光学によって明らかにした。総ての酸素発生型光合成生物には普遍的に Chl a が存在するが、今回の発見はそれ以外の色素を使って、酸素発生(水分解)を行う仕組みが初めて見つかった事を示している。この結果は、酸素発生型光合成反応の基本的な仕組みが明らかになったこと、Chl d を人工光合成などの光素子として使える可能性があること、さらには海洋での第一次生産性の評価方法を再検討する必要があること、などへと波及する大きな成果である。

 補完的な情報
 1. 酸素発生型光合成反応系の基本的な仕組みが明らかになった。それは、水分解に必要な酸化電位と二酸化炭素の固定に必要な還元電位は変えられないこと、色素によって獲得できるエネルギーの大きさが異なる場合は、電位を変えることによって全体反応が調和的に機能するように変化を起こす仕組みを持つこと、であった。光素子が変わり、獲得できるエネルギーに違いが生じても、電位を調節する仕組みによって全体の反応系を維持する方法を同時に獲得することにより、生を維持することが判明した。Chl a を使う生物を対象としていただけでは明らかにすることができないが、Chl d という「変化(摂動)」を加えることで原理が明らかとなった。

 2. Chlには、a, b, c, d があり、Chl d を持つ生物はただ1種のシアノバクテリアだけである。Chl d は60年前、アメリカ人化学者によって発見されたが、一度は人為的生成物と見なされ、誰も研究の対象としなかった。1996年、宮下らによるアカリオクロリスの発見により Chl d が実在する色素であることが確認された (Nature)。2004年、村上らによる Chl d の再発見により60年間の議論に終止符が打たれた (Science)。今回の研究で、この色素がシアノバクテリア細胞の中で機能しており、かつ、光合成生物の中で唯一の例外的な反応系を作っていた事が判明した。アカリオクロリスや Chl d の再発見、光化学反応系の解析の主要な部分は日本で行われた。世界の研究への貢献が著しく大きい。

 提起される今後の課題(波及効果)
 生態学的観点(地球環境問題への波及)
 アカリオクロリス属、または Chl d は、亜熱帯域から南極まで世界中で発見されている。また、近年になって日本の各地でも発見されており(大久保ら、2006)、生息域の広いシアノバクテリアと考えられる。
 海洋での生産性の評価は幾つかのモデルによって行われているが、いずれのモデルにおいても光合成に有効な光は可視光に限定されており、近赤外光は考慮されていなかった。アカリオクロリス属を加えると使える波長領域が延びることになる。
 この波長領域と世界的な分布を考慮に入れると、アカリオクロリス属による海洋での第一次生産性が上乗せされる可能性がある。したがって今後は、海洋での第一次生産性の評価方法に、近赤外光を加えることが必要となり、衛星からのモニターの方法や評価方法を変える必要がある。
 大気中の二酸化炭素濃度の評価は正しく行うことができるが、地球、特に海洋の生産性に関しては、必ずしも正確な評価がなされている訳ではない。海洋の生産性は陸上の約 50% と見積もられている。この生産性を見積もることは、二酸化炭素の吸収量や海洋での元素の循環に対する光合成生物の寄与など、地球環境問題に深く関連する。化石燃料の消費量は地球上の第一次生産性の約 5% と言われており、地球上の生産性の見積が変わることは炭素循環の議論に大きな影響を与える。


図の説明
 水の電気分解と光合成反応による水の分解の比較
 水の分解には一定以上の電位 (1.1 V) が必要である(酸化電位という)。光合成の場合、電圧を発生するのは反応中心のスペシャルペアーと呼ばれるクロロフィル2量体である。電圧の大きさは吸収する光エネルギーに比例しており、Chl d は Chl a に比べて低い電圧しか発生できない。しかし電位を Chl a と同じに保つ仕組みを持つことにより、水分解を可能にしている。


 朝日新聞(4月10日夕刊 11面)、京都新聞(4月10日夕刊 10面)、産経新聞(4月11日 25面)、毎日新聞(4月11日 2面)及び読売新聞(4月10日夕刊 14面)に掲載されました。