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ニュースリリース


京都大学文学部百周年記念展示「百年が集めた千年」

2006年5月30日


 京都大学文学部は、1906年の創立以来今年で百年を迎えます。これを記念して文学部が百年にわたり収集した資料の一部を本学総合博物館において公開展示することになりました。   イベント情報


左より 根立教授、杉山教授

1.慶陵とは
 慶陵は、契丹族のつくった遼国(契丹国)の最盛期、聖宗・興宗・道宗という三代の皇帝を葬った皇帝陵で、中国内蒙古自治区赤峰市巴林右旗白塔子の西北15キロの大興安嶺南端の山中に位置する。東から順番に東陵(興宗陵墓)、中陵(聖宗陵墓)、西陵(道宗陵墓)の三つの陵墓から成る。このうち、東陵のみに人物画や風景画を含むきわめて美しい壁画が残っている。

2.慶陵調査史と1939年京大隊の調査
 遼が滅びた後、慶陵は忘れ去られてしまったが、1920年代になって、伝道のために当地に滞在していたカトリック宣教師が、慶陵の存在を初めて紹介した。その後、1930年には、当地を勢力圏としていた奉天系の軍閥が慶陵を盗掘した。この情報を耳にした人類学者で考古学者の鳥居龍蔵が、1930年、33年の二度にわたり調査を行った結果、東陵の壁画を発見し、世界に向けて初めてこの素晴らしい壁画の存在を紹介した。鳥居が1936年に出版した『考古学上より見たる遼之文化(図譜)』中にそのとき撮影された写真が載せられている。
 1932年満洲国が成立すると、国の文化事業として、日満文化協会による調査が開始された。1939年、日満文化協会の委嘱により京都帝国大学では、東洋史教授の羽田亨の命を受けた田村実造が考古学の小林行雄らの協力を得て慶陵調査団を組織した。8月から9月まで調査は行われ、陵墓と付近の建築物を測量し、東陵の壁画の模写と撮影を行った。田村らの慶陵調査結果はその13〜4年後の1952〜3年に京都大学文学部より出版された巨冊『慶陵』上下二巻として結実する。『慶陵』は発表後、内外の高い評価を受け、朝日文化賞および日本学士院恩賜賞を受賞している。

3.戦後の調査と現状
 戦後、再び封印されてしまった慶陵は、50年余りの歳月を経て、1992年に内蒙古文物考古研究所によって発掘が行われ、あらためて東陵内部のすべての壁画の撮影および模写を行った。このときの調査により、慶陵壁画の保存現状が憂慮すべきことが判明した。92年に撮影した写真と30年代の日本人調査時の写真を比較すると、壁画の破損の状況が明らかである。このような現状のもと、京大の『慶陵』をはじめとする戦前の日本人研究者の研究成果はきわめて重要な意義を持ち続け、今後の慶陵壁画の保護や研究のためにもひとつの基礎となる資料価値を持つ。
 2005年段階の現地研究者からの情報によれば、慶陵壁画は依然憂慮すべき現状にあることが伝えられており、今後の保存・修復措置が待たれる。

4.武人像とは
 京都大学に所蔵される壁画武人像は、東陵(興宗陵)墓道西壁に描かれていた儀仗兵のひとりである。東陵では、墓道のみならず、墓室各壁面にも現地の春夏秋冬の風景を描いたいわゆる「四季山水図」をはじめとするさまざまな壁画が描かれていたが、結果としては、この武人像のみが緊急保存措置として日本に将来されることになった。以後、この壁画は、1952〜3年の『慶陵』の出版で紹介されたことをのぞき、おおむねは隔離保存された。この武人像については、墓門の側に描かれていることから、門衛図と表現する人もいる。ほぼ等身大のものであると思われ、であれば堂々たる偉丈夫であった。筆使いは雄渾で、遼および同時代の北宋を通じて傑出した壁画と言えるだろう。

 5.壁画の意義
 武人像壁画は、遼文化の素晴らしさを証明する実物であり、この時代の東アジアの歴史について、北宋を中心にとらえがちだったこれまでの通念に再考を迫るものである。また、戦前・戦後の不幸な時代をのりこえて、現在から将来にわたる日中文化交流のかけ橋となるものであり、さらには人類文化の屈指の遺産のひとつでもある。なお、日本に存在する唯一の皇帝陵壁画である。

6.中国専門家の評価
 日本を訪問中の中国考古学の専門家、孫福喜(西安市文物局副局長)は、2006年4月5日、岡田文男(京都造形芸術大学教授)、吉田秀男(吉田生物研究所代表取締役)、杉山正明(京都大学教授)、古松崇志(京都大学助手)の立会いのもとに、壁画を参観し、以下のような見解を述べられた。
まる1遼代壁画自体はきわめて稀少で貴重であり、なおかつこの壁画は皇帝陵のもので、実に素晴らしい。
まる2壁画の保存方法は中国の伝統的なやり方であるが、65年経ている割には、保存状態は悪くない。
まる3今、最新の保存修復の技術を用いて補修すれば、より鮮明に壁画本来の素晴らしさを甦らせることができるだろう。


 7.補修の方針
 壁画の補修は、文化財保存修復の高い技術を持つ岡田教授と吉田生物研究所に依頼した。現時点はあくまでも展示のためのクリーニングにとどまるが、結晶化した附着物などが取り除かれたことにより、本来の描線が現れるなど、見事な結果が得られている。本格的な修復保存措置は、壁画の調査分析作業と併行するかたちで進める方針である。

8.遼文化研究会と近年の調査
 2004年、京都大学文学研究科のスタッフを中心に、考古・美術・歴史といった多様な分野の専門家が集まって遼文化を総合研究することを目指す「遼文化研究会」が組織された。そして、中国内蒙古文物考古研究所の協力のもと、慶陵一帯の現地調査を行った。京都大学の組織した調査隊としては、1939年以来、65年ぶりのことであった。現段階で遼文化研究会は、この旅行も含め、2度の現地調査を行い、2冊の調査報告書を刊行している。


9.今後に向けて
 従来からこの壁画の存在と写真は、世界の関係研究者にはよく知られてはいたが、実見した経験を持つ人間はごく少数にとどまっていた。このたび、クリーニングとひとまずの補修を経て、公開することにした。この壁画の存在と素晴らしさが、日本国内はもとより、世界のさまざまな人々に広く知られるようになることを期待する。



 朝日新聞(5月31日 1面及び33面)、京都新聞(5月31日 1面)、産経新聞(5月31日 30面)、日経新聞(5月31日 39面)、中日新聞(5月31日 35面)及び毎日新聞(5月31日 8面)に掲載されました。