|
培養皿内で増殖している精子幹細胞 |
篠原美都助手・篠原隆司教授(京都大学大学院医学研究科)らの研究チームはマウス精巣から採取した精子幹細胞を用いて特定の遺伝子の機能が欠損した遺伝子ノックアウトマウスの作成に成功しました。
研究成果の概要
精子幹細胞は精子形成の源になる細胞です。2003年に篠原教授らのグループは精子幹細胞の長期培養法を報告しました(Biology of Reproduction, vol 69, p612,2003)。今回はこの培養法を用いて精子幹細胞で遺伝子を相同組換えにより改変し、特定の遺伝子(オクルジン遺伝子)の欠損した遺伝子ノックアウトマウスの作成に成功しました。この成果は生後の組織幹細胞において遺伝子相同組換え現象(望んだ場所の遺伝子を改変すること)が可能であることを初めて示した点で画期的なものです。 現在、この遺伝子改変の技術は胎生期由来のEmbryonic stem(ES)細胞で主に用いられていますが、生後の組織由来の幹細胞もES細胞と同様の手法で遺伝情報をデザインした通りに改変することが可能になります。この手法を応用することにより今後幅広い動物種を用いた疾患モデルの作成やヒト幹細胞の遺伝子治療の研究開発が飛躍的に進むと考えられます。
本研究は文部科学省科学研究費のサポートをうけ、大阪大学微生物研究所(伊川正人助教授)、理研バイオリソースセンター(小倉淳郎室長)、鳥取大学生命科学研究科(押村光雄教授)、京都大学医学研究科(豊國伸哉助教授)らとの共同研究によるものです。
この結果は米国科学雑誌「PNAS」誌(5月5日付の電子版)に掲載されました。
論文のタイトルは以下のようになります。
Kanatsu-Shinohara, M., Ikawa, M., Takehashi, M., Ogonuki, N., Miki, H., Inoue, K., Kazuki, Y., Lee, J., Toyokuni, S., Oshimura, M., Ogura, A. and Shinohara, T. Production of knockout mice by random and targeted mutagenesis in spermatogonial stem cells.
これまでの研究の状況
これまで組織幹細胞において特異的な遺伝子組換えを行うことは不可能でした。主に用いられた手法はウイルスによるランダムな遺伝子導入であり、これでは不正確な遺伝子改変しか行えないことが問題でした。またランダムな遺伝子改変により癌が発生することも治療上の大きな問題となっていました。
篠原教授らのグループは、この問題を解決するためには幹細胞を長期に増幅する技術が必要だと考え、2003年に精子幹細胞の長期培養法を初めて報告しました。この方法ではマウスの精巣細胞をGlial cell line -derived neurotrophic factor (GDNF=精子幹細胞の自己複製因子)の存在下で培養すると、精子幹細胞はES細胞とは異なる形態をもつコロニーを生じ、2年以上の期間にわたり対数増殖を誘導することができます。培養された精子幹細胞は精巣内に移植すると精子を作り、メスとの交配によって正常な子孫を産みます。この性質に因み、培養された精子幹細胞はGermline Stem (GS)細胞と命名されました。
篠原教授らは次のステップとして、このGS細胞を用いたランダムな遺伝子改変マウス作成を試みました(その培養の過程において、精巣にはES細胞とほぼ同様な多能性を持つ細胞があることを2004年に報告し、その成果は新聞・テレビ等で報道されました)。2005年にはGS細胞に薬剤耐性遺伝子を導入し、一個の精子幹細胞からトランスジェニック動物を作成することが可能になりました。精子幹細胞を用いた場合、トランスジェニック動物の作成率は従来の5-10倍になることを証明されています。
医療・バイオテクノロジーへの貢献
この新手法の開発により、今後はこれまで遺伝子操作が難しいとされていた組織幹細胞の遺伝子治療・遺伝子改変の研究が進むことが期待されます。特に精子幹細胞の場合は、新規のノックアウト動物の作成が可能になります。現在、ノックアウト動物をつくるにはES細胞を用いる方法と核移植を用いる方法があります。しかしES細胞を用いた生殖工学はマウスにのみ限られており(マウス以外のES細胞は生殖細胞になる能力がない)、核移植の場合は核移植操作の成功率が非常に低いのと、核移植に伴う異常の発生のために、現在も一般的な方法は確立されていない状況です。
精子幹細胞は多くの動物種で共通した性質を持っていることが知られています。マウスの精巣内でもラット、ウサギ、ブタ、サルなどの精子幹細胞が増殖できることから、これらの精子幹細胞がマウスと類似の培養条件で増殖できると予想され、ラットでは実際に証明されています。したがって今回用いたのと類似の手法を適用して、これらの動物種の遺伝子改変ができる可能性が出てきました。現在、さまざまな動物のゲノム情報が解読されたにも関わらず、個々の生物においての遺伝子機能は不明ですが、精子幹細胞を用いた遺伝子改変により、個々の生物において遺伝子機能の解析が可能になることが期待されます。同時にこれらの遺伝子改変動物は、ヒトの疾患モデルとして製薬、診断、治療などの研究に利用することが可能になります。 |