〈随想〉


隕石,波および ENIAC             名誉教授 山 元 龍三郎

 若い頃の経験を思い起こすと,落語の三題噺のように,表題の3つの言葉が浮かんでくる。
 私が1908年のシベリア大隕石落下について知ったのは京都大学大学院在学中のことであった。当時私は気圧の微細変化を観測していたが,1954年3月に奇妙な波形の観測に気づいた。これを指導教官の故滑川忠夫教授に報告したところ,英国気象局長のショウ卿が原因不明の変化として著書に記していたものと波形がよく似ているので,文献を調べるように指示された。
 ショウ局長の原因不明とした波形の正体が判明したのは,彼が気づいてから20年以上も経過した1930年のことであった。彼の教え子のホイップル博士が,地震計記録と照合して調査した結果,シベリアのバイカル湖近くで発生して,英国までの約7,500キロの距離を伝播してきた大気の波だと結論した。その場所では,1908年6月30日にマグニチュード5規模の地震があり,約2,000平方キロの森林がなぎ倒された。大隕石落下の衝撃で大気の波が発生したに違いないとの結論であった。
 私が1954年3月に気づいた波形は,シベリア大隕石によるものと非常に類似していたので,爆発が原因だと推測した。その後も立て続けに観測され,結局,太平洋での米国の水爆実験による大気波動だと結論できた。この大気波動の波形の検討が,世界初のディジタル電子計算機 ENIAC とのかかわり合いを生んだ。
 英国で観測されたシベリア大隕石落下による大気波動の周期は2分乃至30分である。その他に,当時の器械では周期を確定できないほどの短い周期の振動が記録されていたが,これは地震動によるものだというのがショウ局長の解釈であった。この解釈を支持する理論が,ENIAC を利用して組み立てられた。
 大衝撃による大気運動のうちで数千キロの遠方にまで伝播するものは,大気の重力波である。その波動理論には合流型超幾何方程式と呼ばれる微分方程式が現れるが,これを解析的に解くことは困難である。ENIAC を利用してこの方程式を数値的に解いたのが,イスラエルのワイズマン研究所のペケリス教授である。彼は,高さと共に気温の低下する対流圏が約10キロの高度まで存在し,その上に気温一定の成層圏が無限大の高さまで拡がっているという大気モデルを設定して,計算を進めた。彼は,遠距離まで伝播しうるのは2分より長い周期の波に限られ,短い周期の波は伝播途中で減衰して遠くまで到達しないとの結論を得て,1948年のフィジカル・レビュー誌に発表した。
 しかし,私は,水爆実験の際の波形について1分程度の短周期を確認し,ペケリスの大気モデルを修正して彼の理論の改善の必要性を認識した。一様気温の成層圏の代わりに,高度と共に気温の上昇する気層を高さ30キロから50キロまで挿入することにより,1分程度の短周期の波の長距離伝播が可能となることが,定性的考察から示唆された。
 しかし,当時,私たちは ENIAC のようなディジタル計算機を自由に利用できなかったので,思い切った近似をほどこしてペケリス理論の近似的拡張を試み,私の学位論文が完成して学会誌に印刷公表されたのが,1957年のことであった。
 後日談・近年になって行われたシベリアの爆発地点での地層探査の結果,隕石の形跡が全然見当たらないので,隕石落下説に疑問を抱く研究者もあり,最近では,この現象をツングスカの爆発と呼ぶのが一般である。その正体に関する議論は今なお賑やかで,1996年の Nature 誌に論文が掲載されたりしている。
(やまもと りょうさぶろう 元理学部教授  平成3年退官 専門は気象学・気候変動論)

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