こうして一人暮らしが始まった。
ノルウェーへいった7月は,ヨーロッパでは夏休みシーズン。この時期は国民の半数以上が1週間から3週間の夏期休暇をとります。サマータイムが採用されており午後
4:00には研究所のほとんどの人が,「良い夕食を!」といって帰っていきます。(一度「早く帰って何をするの?」とたずねたら,「庭の手入れや,子どもをスポーツクラブにつれていったりします」という答えが返ってきました)その姿を尻目に研究室の机に一人向かいながら,家族に対する考え方の違いを痛感し,妻や3才と4ケ月の二人の息子を連れてこなかったことを後悔しました。すぐに「子どもを連れてくるように」と妻に国際電話をしましたが,あっさりと断られ,欧州にいる間は仕事に専念することにしました。
昨年7月1日から11月30日迄,長期在外研究員として欧州で滞在する約10ケ月のうち5ケ月間のノルウェーでの研究生活がこのようにしてはじまりました。研究の目的は,「木材本来の性質以外の機能をもつ木質材料の製造技術の開発」でした。
ノルウェーでの生活
研究所で世話になった人や友達に家に招かれる機会が何度かありました。アパートでも部屋の中はたいへん広く,居間は日本のデパートの洋家具売り場のようでした。白熱電球をつかった間接照明がほとんどで,日本でみられる味気ない蛍光色の照明が見られません。夜になってもカーテンをひかないので,外からほとんどの家の中が覗けます。窓には飾り付けがされていて,競ったように部屋のインテリアに工夫がこらされています。クリスマスには天井から飾り付けがされ,ツリーも本物のドイツトウヒが部屋の中におかれていました。外は零下20度でも,家の中は電気ヒーターによる暖房でとても暖かく,子供たちが半そでで走り回っています。電気代は日本の約十分の一で,調理器具も電気式です。子供たちは雨や雪が降っていても外で遊びまわり,天気のよくない日でも幼稚園の庭から子供たちの喚声が聞こえてきます。
テーブルの上におかれたろうそくに火をともしてディナーをとります。食事や生活は質素で昼はオープンサンドイッチが普通です。同年輩の男性に聞くと,保育園と幼稚園に通う二人の息子さんの送り迎えと弁当づくりを毎日やっているのだそうです。共働きが普通ですが保育園代が高いとぼやいていました。しかし医療費は無料ですし,退職後の年金生活が保証されているのは大きな安心につながると思いました。ディナーのときにでてきたのは,厚切りハムとゆでたじゃがいも,ブロッコリーそして山盛りのいちごでした。
ノルウェーの人々は物にお金を使うよりも,夏や冬のバカンスのために貯金した方がいいと考えているようです。商品には約28%の税金がついており,種類はそう多くありません。しかし消費税が3%の現在の日本と比較しても,服,食料品などの生活用品が安いという印象がありました。若い人だけでなく年配の人もジーンズに色とりどりのレインコートというのが気候が変わりやすいオスロでの一般的な服装で,ここでのユニフォームといっていいかと思います。売っているほとんどの衣服は家で洗濯でき,ドライクリーニングを必要とする服はほとんど見られませんでした。ノルウェーで高いのは酒,タバコなどの嗜好品と車やガソリンなどで,税金が100%以上かけられている場合もあるということでした。
オスロでは地下鉄,路面電車,バスなどの公共の交通機関がよく発達しています。感心したのは町の中心だけでなく効外のどんな小さな駅でも階段の横にスロープが備えつけられていたことです。乳母車は日本のものと比べてたいへん大きく,乗り降りしやすいように電車,バスなどの入り口付近はひろいスペースがありました。地下鉄の階段やバスの乗り降りでは,近くを通りかかった人が乳母車を押すお母さんを手伝うのが当たり前です。車の通りが多い道についた横断歩道の前後には段差があり,車が減速せざるをえません。ノルウェーの高速道路は基本的に無料ですが,オスロの中心部の交通渋滞を緩和するために郊外から中心に向かうところに料金所があります。ここで止まらなくても通過のたびに,車内のバックミラー横のフロントウインドーに取り付けられた小型の装置からでる信号が料金所で感知されます。自動的にカウントされた料金が,後で銀行で引き落とされるということを聞いたときは,その合理的なやり方に感動さえ覚えました。
心の豊かさを求めて
欧州といっても場所によって国民性がずいぶん違います。朴訥としたノルウェー人,国際感覚の豊かなオランダ人,どんなことにも完璧を求めるドイツ人など。それと同じで家も地域によって異なります。イギリス・ドイツなどの中空ブロックを使った住宅,北欧諸国で見られるパネル住宅・枠組壁住宅などです。ノルウェーでは平屋や2,3
階建ての住宅が全体の建築物に占める割合が70%で,そのうち98%が木造住宅です。そのほとんどが気密性や断熟性がすぐれた品質の住宅です。窓枠はアルミサッシではなく木製のサッシですし,高速道路を通る車からの騒音を遮るために設置された防音壁も木製です。窓に木製サッシが用いられていますと,結露もほとんどなく断熱性も優れています。木製の防音壁はスチール製のものと性能はほとんど同じですし,何より周りの景観とあっていることが利点でしょう。床も木製のフローリングで,ホームセンターで買ってきて自分達で施工するのだそうです。木材が湿気で伸び縮みすることを考えてわずかに隙間をあけてとりつけることはノルウェー人にとって常識でさえあります。
ノルウェーで木材が好まれる理由として,人口と比較して木材が豊富にあって安い,木材をつかう伝統が古くからあるといったことがあげられます。しかしそれだけではなく,高い福祉レベルで知られているように,人に対するいたわりの気持ちが自然に対しても木材を使うという形で表れているような気がします。木材は生産から加工,廃棄にいたるまで環境にフレンドリーな材料です。加工エネルギーは金属,合成樹脂と比べて少なく,捨てるときは腐らせて土に帰すこともできますし,燃やしてもあまり有毒なガスを出しません。樹木が成長する量よりも木材として利用する量が少なければ,森林を維持することができます。先進国にいながら伝統を大切にし豊かな心をもった,北欧の人達のものの考え方から学ぶ点は多いと思います。
長期出張で職場の人にも家族にも多くの迷惑をかけましたが,その分研究面のみならず精神面でも得たものは多かったと思います。これからの日本の発展のために木材研究の必要性を強く感じて,気持ちも新たに帰ってきました。
(はた としみつ 木質科学研究所助手)
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