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授業に潜入! おもしろ学問

2017年6月9日(火)一限〈吉田南4号館 31教室〉

授業に潜入! おもしろ学問

自然科学科目群 地球科学(基礎)基礎地球科学A(宇宙誕生から現在まで)
どうして地球には、これほど多くの酸素があるのだろう

酒井 敏先生
人間・環境学研究科 教授

宇宙誕生から現在にいたるまでの百数十億年、宇宙や地球はいったいどのような歴史を歩んできたのだろう。「日常の生活とはまったく違う視点から地球を考えよう」とよびかける酒井敏教授。今回のテーマは、現在の私たちの生活に必要不可欠な「酸素」。その誕生には、太陽系のなかで唯一、液体の水をもつ惑星「地球」ならではの物語があった

太陽系の惑星

図1 太陽系の惑星

水星や金星、地球、火星は、岩石や金属などから構成される「地球型惑星」(図1)で、およそ四六億年前に形成されたといわれています。こまかい塵が集まり、あるていどの大きさまで固まったあと、塊どうし、あるいは隕石とはげしい衝突をくり返して、現在の大きさになりました。衝突で地表面が熱くなり溶けると、ぶつかった隕石にふくまれる化学成分が気体となり吐き出されます。それが地表の溶けたマグマと平衡状態となることで、水蒸気300気圧、二酸化炭素60気圧の原始大気がつくられました。

この原始大気は、現在の大気とはずいぶん違う。私たちの暮らす地上は一気圧の世界です。温度が同じだと仮定した場合、原始大気の密度は360倍ですから、相当に重たいと考えられます。仮に私たちが原始大気のなかで生きられたら、空を飛ぶことができるかも。(笑)水をかくように手を動かすと、たくさんの空気が動きますから、かなりの力となるはずです。そもそも密度が高いと浮力が生まれますから、体も軽い。(図2)

原始大気と現在の大気

図2 原始大気と現在の大気

ここまで想像すれば、原始大気がいまとは大きく異なるとわかりますね。数字をただ覚える勉強はやめにして、それがなにを意味するのか、すでに得ている知識と結びつけて、どれだけ世界を膨らませられるかがほんとうの学びです。

金星や火星とは、異なる進路を歩む地球

誕生したばかりの金星や火星にも、地球と同じくらいの気圧の原始大気があったと考えられます。しかし、現在の火星、地球、金星の大気をくらべると、気圧はもちろん、成分がずいぶん違います。(図3)火星と金星は二酸化炭素が主成分です。原始大気の大半を占めていた水(水蒸気)がなくなり、二酸化炭素がのこったと推測ができます。

現在の大気の成分

図3 現在の大気の成分

ところが、地球は同じ地球型惑星でありながら、二酸化炭素はごくごく微量。グラフにすると、目視できる線一本にもみたないのです。地球の主成分である窒素は、金星や火星にも存在しますが、窒素は化学変化を起こしにくい不活性な元素ですから、大気が発生した最初からあったと考えてもふしぎではありません。

問題は酸素です。なぜ、地球にはこれほど多くの酸素があるのでしょうか。宇宙空間に酸素の元素はたくさん存在していますが、そのほとんどがCO2やH2Oなど、いろいろな元素と化学結合した状態です。ほかの元素と化学結合しやすいので、O2の状態を保つことはむずかしいのです。にもかかわらず、いまの地球の大気中には酸素が二割もある。だれかが酸素をつくりつづけているからこそ、これだけの酸素が存在するのです。

「水」ほど特異な物質はない

原始大気が生まれたあと、それぞれの惑星で起こった変化を追いかけてみましょう。金星は地球よりも太陽に近く、温度が高いので、水蒸気は液体にならずに気体のまま大気中にとどまります。水は、太陽からの紫外線で分解され、水素と酸素になる。軽い水素は、金星の重力ではひきつけておくことができず、宇宙空間に放出される。のこった酸素は、地上のいろいろな物質と結合したと考えられます。

いっぽう、太陽から離れている火星には、かつては液体の水が存在したと考えられています。現在の火星には、地表面に水はありませんが、地下には凍った状態の水、極冠にはドライアイスも存在します。極では水よりも凝固点の低い二酸化炭素でさえ凍るほどに火星の気温は低いのです。

この火星と金星とのあいだに位置する地球の気温はその中間で、三つの惑星のなかで唯一、長期間にわたり水が液体で存在しつづけられる環境にありました。大気中の水蒸気が液体となり、海となって保持できたことが、地球がほかの惑星とは異なる進化をとげた大きな要因です。

水は、地球に暮らす私たちにはとてもみぢかでありふれた物質ですが、宇宙空間を見わたすと、これほど特異な物質はありません。水はさまざまなものを溶かしこみます。地球の原始大気の二酸化炭素の多くは水に溶けこむことで減ってしまいました。しかし、酸素はいったいどこから出てきたのでしょう。結論をさきに言いましょう。地球の酸素は生物起源なのです。では、それはいったいどんな生物なのでしょうか。ここからは、いくつかのビデオ資料をもとに解説をくわえます。

岩にのこされた酸素誕生の秘密

テレビのアイコン オーストラリア西海岸のハメリンプールという入り江には、ストロマトライトとよばれる岩が並ぶ。(図4)岩の表面に定着したラン藻類(シアノバクテリア)が光合成をして酸素を排出する。(図5)このラン藻類が、地球に最初の酸素をもたらしたといわれる。昼は光合成をして、酸素を放出しながら成長する。夜は粘液を出して、波に巻きあげられた砂や泥の粒を固める。この過程をくり返して、岩石の層を一枚ずつ重ねてゆく。(図6)

酸素誕生の軌跡を伝えるストロマトライト


ハメリンプールのストロマトライト
図4 ハメリンプールのストロマトライト(撮影:Sarah Huffman)


ハメリンプールの入り江は東京湾とほぼ同じ大きさです。外海の水が入りにくい構造で、塩分濃度は通常の海の2倍もあります。生物が住みにくい環境ですから、ほかの生物にじゃまされることなく、ストロマトライトは太古から姿をほとんど変えずに生きつづけてきました。


シアノバクテリアの光合成

図5 シアノバクテリアの光合成
①シアノバクテリアは日中のみ活動(光合成)し、酸素を放出しながら成長します。②夜になると活動を止め粘液で砂粒などを固定します。

シアノバクテリアの写真

図6 シアノバクテリア

酸素があるから地球に生物がいるのではなく、生物がいるから地球に酸素がある。四六億年前に地球ができ、およそ10億年かけて生物は酸素をつくりだせるまでに進化したのです。そうなると、最古の生物は35億年よりも前に生まれていたことになりますが、いったいどんな生物だったのでしょうか。

最古の生物が出現したころの地球環境はいまとはまるでちがいます。大気中に酸素はほとんどありませんから、酸素がなくても生きていける生物でなければならない。さらに、そのころの地球の地表面は熱く、あちこちで溶けたマグマと水とが接触していた可能性が高い。マグマからさまざまな物質が水に溶けますから、酸性度はかなり高いはずです。現在でも火山地帯や温泉地帯などにその環境と近い場所があります。そのような場所にも生物がいたのです。

海底から噴きあがる100度を超える熱水

テレビのアイコン アメリカ大陸最大の火山地帯であるイエローストーン国立公園には、原始地球を彷彿とさせる地球内部の熱がつくりだす温泉や火山がある。グランド・プリズマティック・スプリングとよばれる直径一〇〇メートルの青色の湖には、鉱物が溶けこんでいる。(図7)

100度近い水温で、pH1の強酸性の石灰が噴きあげる場所もある。この過酷な条件下で、スルフォロバスというバクテリアが生きている。(図8)酸素がなくても生きていけることから、地球に酸素がない時代の生命の一種ではないかといわれている。

グランド・プリズマティック・スプリング

図7 グランド・プリズマティック・スプリング
撮影:James St. John

スルフォロバス

図8 スルフォロバス

地球上に最初に生まれたのは、酸素がなくても生きられる嫌気性生物だったのです。pH1は人間の胃酸と同じくらいの酸性度です。このころの地球には酸素がないので、太陽の紫外線は吸収されず、強いまま地表に降りそそいでいました。生物は紫外線のとどかない海の中で生まれました。

生物が生まれたのは深海だといわれていますが、深海は水圧が高く、水は100度では沸騰しません。臨界圧力の218気圧を超えると、液体と気体の区別がなくなり、いくら温度を上げても沸騰しなくなります。そのような場所にも生物はいます。

テレビのアイコン メキシコ沖の2,600メートルの海底には、350度の熱水が噴き上げる場所がある。(図9)この噴煙のなかに、酸素のない時代から生きていたバクテリアと考えられる生物がいる。生命誕生の現場はこのような過酷な環境だったと考える科学者もいる。

大西洋中央海嶺の熱水噴出孔の黒煙

図9 大西洋中央海嶺の熱水噴出孔の黒煙
(出典:the National Oceanic and Atmospheric Administration/Department of Commerce)

こうした嫌気性生物にとって酸素は「危ないもの」なのです。私たちにとっても、酸素は生命維持に必要なものであると同時に、うまくコントロールしないとマイナスの効果をもたらす原因にもなる。

海一面をラン藻類が埋めつくす

こうしたなかで出てきたのは、酸素を放出するラン藻類です。嫌気性生物にとって、酸素はいわば毒ガスですが、ラン藻類は酸素を消費する代謝系を備えていました。海中の酸素量が増加しても生きのびることができたラン藻類は、しばらくして地球を制覇するのです。

テレビのアイコン カナダ北西部にあるグレート・スレーブ湖の岩肌には、ストロマトライトがつくりだした年輪のような模様がある。厚さは数十メートル。およそ20億年前につくられた。

古い生物にとって、酸素を出す生物はこのうえない脅威となり、古い生物は一掃され、海はラン藻類に埋めつくされた。20億年前の地球には、地上には生物はまったくおらず、海中にはラン藻類だけが繁殖していた。

「ラン藻類だけが繁殖していた」とありますが、おそらくそんなことはない。現在も嫌気性生物は存在しますから、どこかでこっそりと生き延びていたはずです。

20億年前は、ストロマトライトをつくるラン藻類がかなり繁殖して、海中の酸素量は大きく増えたと想像できます。しかし、大気中の酸素もすぐに増えるかというと、そうではありません。

20億年前の地球に拡がる錆色の海

当時の海中は酸性度が高く、さまざまなものが溶けこんでいます。グランド・プリズマティック・スプリングにも、おそらくいろいろな金属イオンが溶けている。

金属の代表といえば金や鉄、銅です。経済的には量の少ない金の価値は高く、ありふれている鉄は安価ですが、地球科学的にみれば、たくさんある物質こそ重要です。鉄は宇宙の誕生と同時にはじまった核融合の最終の姿ですから、宇宙空間には鉄の元素の数はとても多い。地球の核も鉄です。

かつての海中にも、鉄がたくさん溶けていたと考えられます。鉄イオンをふくむような酸性溶液に酸素が入ると、化学反応を起こして酸化鉄ができます。錆ですね。酸素は大気に出るまえに、海中で鉄などと化学結合して錆をつくった。当時は錆色の海が拡がっていたと考えられます。海中で錆が沈殿して固まり、鉄鉱床が形成される。いま、私たちがつかう鉄のほとんどはこの鉄鉱床から採られています。

テレビのアイコン オーストラリア西部のハマスレーで採掘される鉄鉱石には、60パーセントもの鉄がふくまれる。(図10)鉄の層は約1,500メートルにもおよぶ。鉄鉱床がある場所は、20億年前は海底だった。

鉄鉱石の岩の層には、泥が石になった赤い筋と、鉄からできた黒い筋が交互にみられる。(図11)赤と黒の一組が一年の堆積を表す。夏に生物が繁殖して酸素が発生すると、鉄が沈殿する。冬に生物の活動が衰え、酸素が少なくなると泥だけが溜まる。この四季の営みが20億年前の海でくり返された。

長い年月をかけて海水中の鉄がなくなると、鉄に吸収されなくなった酸素が海中に満ちて、やがて大気中に出てゆき、地球の大気に酸素がくわわった。生物はさらに繁栄し、地球上の酸素量はますます増える。やがて、この酸素を呼吸に利用する生物が登場し、急速に進化をはじめた。

ハマスレーの鉄鉱床

図10 ハマスレーの鉄鉱床
撮影:Graeme Churchard

縞状鉄鉱層

図11 縞状鉄鉱層
撮影:James St. John

1メートルの鉄が堆積するには、七千年の年月がかかるといいますから、1,500メートルの鉄が堆積するには、1000万年かかる。0.1億年です。長い時間に感じますが、四六億年の地球の歴史からすると一瞬です。

「正しい地球環境」の定義はできない

酸素をつくりだしたバクテリアはとても小さい生きものですが、時間や個数、地球の歴史と関連づけてながめると、とても影響力がある。彼らが酸素を出したおかげで、私たちは酸素のある世界に生まれ、いまなお酸素をつかって生きている。私たちにとって、ラン藻類は〈いい奴〉ですが、酸素のない世界で生きていた嫌気性生物からすれば〈とんでもない奴〉です。(笑)ラン藻類の出した酸素が海の姿を変えて、さらには大気まで酸素だらけにしてしまった。これを環境破壊といわずしてなんというのでしょう。だけど、生物のおもしろいところは、その酸素という毒を「おいしい」という奴が出てくる。(笑)

生物はあるべき姿にむかって進化するのではなく、なりゆきで進化します。直前まではとんでもない環境破壊だった状況を、逆に利用する。「生物とはこうあるべき」という正しいモデルはなく、その場の環境に適応して進化する。そして現在、たまたまこうして私たちは生きているのです。

同じく、「正しい環境」の定義などできません。いま、提唱されているのは、「人間にとって」よい環境を守ること。「本来の自然とはこうあるべきだ」という意見に対しては、「ならば、酸素をなくしますか」と。(笑)あくまでも「人間にとって」快適な環境を守るという意味でしかないのです。

生物は宿命として環境を変えます。変えた結果、その環境に適合した生物があらたに出現する。それが地球の歴史です。環境は、つぎつぎに変わるのが自然。どんでん返しをくり返して、現在の私たちと地球が存在しているのです。

地球誕生から人類の誕生までの年表

授業計画 今回の授業は「酸素の起源」

さかい・さとし
1957年に静岡県に生まれる。1981年に京都大学大学院理学研究科修士課程中退。理学博士(京都大学)。京都大学教養部助手、助教授をへて2009年から現職。専門は地球流体力学。京都大学吉田南構内に設置されている、三角形がたくさん集まった屋根をもつ休憩所「シェルピンスキーの森」を企画・監修した。

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