博士学位授与式 式辞 (2009年5月25日)
第25代総長 松本 紘

新緑しげりたる本日、新たに63名の京都大学博士が生まれました。誠におめでとうございます。ご列席の副学長、部局長、教職員とともに課程博士47名、論文博士16名の皆さんに、また、参列されたご家族、ご友人、関係者の皆様に心よりお喜び申しあげます。1897年の創立以来、京都大学が授与した博士の学位は、皆さんで通算36,875名になりました。今回、留学生は9名、女性は16名でした。
皆さんは学位取得という志を胸に大学院の門をくぐり、研究の厳しさや留学生においては言葉や文化の違いを乗り越え、その初志を貫徹されたことにまず敬意を表したいと思います。目標達成のために重ねられてきた精進と研鑽、そしてその目標を達成するまで頑張りぬくという精神の強靭さは皆さんが今後の人生を生き抜くための大きな力となることでしょう。興味深い新聞記事を目にしました。小学生に将来何になりたいかということを尋ねた第一生命のアンケート結果です。驚くべきことに男子で、学者・研究者はスポーツ選手に続いて第3位を占めているのです。ノーベル賞の波及効果かと思ったのですが、調査時期は去年の7月、そこで過去にさかのぼって調べてみると、ほぼいずれの年も学者・研究者が3位までに入っているのです。女子についても学校の先生は上位を占めます。つまり、小学生までは、学者・研究者や教員はあこがれの職業なのです。人には根源的に知識に対する志向があり、例えば、小学校ではスポーツがあまり得意でなくとも、授業において目立つ子には人気があることと何らかの関連があるようにも思います。しかし、大学院重点化時代の現在においても博士号が授与される数は決して多くありません。経済的な理由、修めるべき知識の膨大さ、未知へのチャレンジの難しさなどが夢の実現を妨げているのでしょう。それらを皆さんは乗り越えてきたのです。子供時代から大学院修了の今日まで、どこかの時点で人生の目標を学者・研究者として自立することに定め、今日の博士学位の授与をもって一里塚とされたされた皆さんを誇りに思います。
皆さんに私から一つお願いがあります。人間は限られた時間しか生きることができないので、その時間を濃密に生きてほしいということです。人生80年、生物学的に長く生きられたから幸せとは限りません。いかに濃密に生きたかを問うてほしいのです。濃密に生きるための一番簡単な方法はたくさんの仕事をすることです。そしてそのためには、今目の前にある仕事をテキパキと片付けることが大切です。それが時間のある種の密度をあげることにつながります。一方、密度という言葉の中には、ある種の豊饒さを求める側面があります。内容を豊かにしようと思えば、皆さんの世界をさらに広げることが有効です。そして、そのさまざまなことをさらに深めていくのです。一つのことを深く考えるということについては、学位取得の過程で、人一倍努力し、十分に経験しているはずです。これからは今まで以上に広い視野でさまざまな仕事をこなすよう心掛けてください。
その際、世間の常識と反対に、あまりプライオリティということを考えない方がいいかもしれません。プライオリティを決めるということはそれ自身大変難しいことです。悩めるハムレットは結局何もできないことになりがちです。「巧遅は拙速に如かず」という言葉があります。いくら見事な結果を出そうとも間に合わなければ何にもならないことも多いのです。私はこれまで一つの研究テーマについても、実験をやろうか、理論をやろうか、計算機でシミュレーションをやろうかといつも悩んできました。どれが一番効率的か、などともし考えていたら、ひと月費やしても答えが出なかったに違いありません。私はすべてをやってみました。そして、満足すべき結果を得ることができ、一つのアプローチだけでは得られなかったであろう、対象に対する深い洞察を得ることができたと考えています。その意味で、様々なことに取り組み本当によかったと思っているのです。プライオリティを決めることは、他のすべてを捨てることにつながることもあります。学位を取るまでは集中して様々なことを捨てないとなかなか真理に近づくことが難しかったかもしれません。しかし、これからはいろんなものを逆に拾う視点も重要になってくると思います。
皆さんが、これからも学術等を通して世界の平和と人類の福祉に貢献するという基本を忘れることなく、こころを磨き続け、健康に留意され、ますますご活躍されんことを祈念して、私のお祝いの言葉といたします。本日は、誠におめでとうございます。
大学の動き

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