京都大学の基本理念について
前副学長 赤岡 功
1.基本理念制定の経緯
京都大学の基本理念が平成13年12月4日の京都大学評議会において定められた。
「創造的研究と優れた人材の育成という大学本来の使命達成に関して、従来より指導的役割を果たしてきた京都大学にとって、自らの現況を多角的に分析し、主体的に点検・評価することは、21世紀にむけて新たな展開を遂げ、国際的な評価を一層高めていくための必要条件である。とくに、『大学危機』が語られる今日、大学の役割と理念とを改めて吟味するとともに、それに基づいて新たな自己変革に努力することは、本学が取り組むべき歴史的課題と言うべきであろう。」
京都大学自己点検・評価報告書、『自由の学風を検証する』(平成6年)は、上記文章に始まる。
基本理念明確化の必要性について指摘するのは、現在からおよそ7年半前に発行されたこの第1回の自己点検・評価報告書ばかりではない。大学としての第2回目の、『自己点検・評価報告書ll2000』も、その序文「京都大学の自己点検・評価に際して」において、「京都大学は学問の自由を守り、自由の学風をもつことに誇りを抱いて今日まで進んで来ましたが、21世紀を迎えるにあたって、ここで改めて京都大学の持つべき理念・目標を明確にすることが必要であると考えます。」と述べている。
つまり、基本理念の制定は京都大学にとって歴年の課題であった。
この要請に応えるべく、京都大学基本理念検討ワーキンググループは、基本理念の原案をとりまとめるという責務を与えられて、平成12年10月24日の部局長会議において設置が決定された。委員の構成は、京都大学を構成するすべての学部、すべての独立研究科、それに、研究所代表として理系の2研究所と文系の1研究所から各1名、また、センターとして留学生センターから1名、そして女性教員2名、副学長2名(平成13年4月からはこれに総長補佐から1名を追加)とされた。
京都大学のような大きな総合大学で基本理念を定めるには、困難が予想された。しかし、京都大学としての基本理念の制定が必要であることは、上記のごとく、すでに京都大学自らが自覚していることである。さらに、大学を取り巻く社会も各大学がそれぞれの基本理念を明確に定めることを要請するようになってきており、平成10年10月26日の文部省大学審議会の答申『21世紀の大学像と今後の改革方策について』においては、各大学が理念・目標を明確化し、それに向かって努力することを求めている。そして、この答申に基づいて設置された大学評価・学位授与機構による大学評価は、各大学の理念・目標に照らして各大学の努力・実績を評価することになっている。したがって京都大学としては、内発的にも、また社会からの要請としても、基本理念を定めることが必要になっていた。
基本理念検討ワーキンググループの会議は、第1回が平成12年12月22日(金)に始められ、ほぼ1年間で7回開催された。ワーキンググループは、さまざまな資料を参考にし、各委員からはかなり長文の文書による意見が提出された。毎回、多様な意見が出され、真剣で熱心な議論が行われた。やむなく委員会を欠席する委員からは予め文章により意見が届けられた。このワーキンググループは、責任の重い委員会で大きな緊張の強いられるものではあったが、多様な分野からの高い見識をもつ委員の集まった場であるから、委員会で各委員の自由な見解を聞き、大学の理念を論ずるというのは、まことに心楽しいことではあった。しかし、「任重くして道遠し」。当初から予想されたように原案をまとめるという点では難渋した。会議を重ねても意見はつきないのである。ようやく成案を得たのが、平成13年10月30日の第7回の会議においてであった。
そして、京都大学基本理念検討ワーキンググループがとりまとめた原案は平成13年12月4日に開催された評議会において承認された。
ワーキンググループの座長をつとめた者としては、委員会の会を重ねた熱心な検討により、優れた基本理念が定められたと考えている。しかし、基本理念の文章は短く、とくに説明は付されていないので、いくつかの点については議論の経過など多少の説明を加えて記した方がよいのではないかと思う。
2.前文について
- 自由と調和
- 京都大学が学問の自由を擁護するために闘ってきた誇るべき伝統をもつこと、また、自由な研究により卓越した研究を行ってきたことはよく知られている。しかし、自由という名の下に、京都大学で様々な問題が起こっていることを指摘する人は多い。とはいえ、「自由の学風」は、京都大学の「輝く個性」として今後も継承・発展させていくべきであり、基本理念においてもこの点を基調にすることに異論はなかった。そこで、自由といってもなんらかの限定が必要ではないかとの議論となり、21世紀にふさわしいものとして人類共同体との関係を視野において自由を捉えるべきであるという意見もあり、責任ある自由などが案として考えられていた。ところで、長尾総長の「京都大学の目指すもの」と題する文章では、21世紀においては「『進歩』を追及する従来型の概念から方向転換し、『調和ある共存』という概念によって学術を進めていくことが肝要である。」とされている。この「「調和ある共存」は、上の「21世紀にふさわしいものとして人類共同体との関係を視野において自由を捉えるべきであるとか、責任ある自由など」を含み、かつ新しい時代の京都大学を方向づけるものとしていいのではないかと考えられ?委員会に提案がなされた。
- 原案としては「人類社会の調和ある発展のため、」や「人類社会の持続的発展に貢献するため、自由と調和を基本として、」という表記があげられたが、「調和ある共存」、「自由と調和」は基本理念を支える概念として賛成をみた。
- 地球社会
- ところが、「人類社会」という言葉は、これを使う委員も少なくはなかったが、強い反対があった。地球上には、人類だけではなく、動植物が生きており、人類だけを考えるのはいうなれば人間のおごりであるとされるのである。さらに、資源の枯渇、土壌汚染や地球温暖化、森林の減少、河川の氾濫などを考えれば、無生物までが視野に登場することになる。かくて、「人類社会」は「地球社会」とするのがよいということになった。また、これに関わって、「持続的発展に貢献する」にも反対があった。持続的発展のためにでは、開発に遅れてスタートした社会には問題が残るとされ、やはり調和ある共存がよいとされた。その結果、「自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため」という表現に落ち着いたが、これは本当にいい文章になったと考えている。個人的な感想を許していただけば、このあたりの議論には私は目を洗われる思いをし、京都大学にいる幸せを感じた。
3.本文について
本文は、研究、教育、社会との関係、運営と、4つの部分に分けられている。このような見出しをおくべきかどうかについても、議論があったが、結局はわかりやすいということで、残すことにさせていただいた。
また、大学はまず教育機関であることを考えるとき、研究を先にするのではどうかとの意見もあった。しかし、大学は、知の創造、知の継承、知の伝達という基本的役割をもつと考えるとき、この順序が自然な流れであり、研究、教育、社会との関係の順とし、社会との関係においては、京都大学としては、世界との関係と、日本社会全体との関係、それに地域社会との交流・連携も視野に入れたものとした。そして、最後に、4番目として運営をおいた。
- 研究
- 研究では、単に、研究の自由だけではなく、自主性を強調したほか、倫理性をもりこみ、世界的に卓越した知の創造を行うことをうたった。
- また、総合大学としての京都大学は、基礎研究は、もとより重視し、しかし、応用研究も重要とするほか、文理の融合も目指す。しかし、文理融合といっても、新しい分野も含め各専門のそれ自体の発展も重要であることから、「多様な発展」と述べ、かつ、溶け込んでしまうのでは問題が起こることも想定して、「多様な発展と統合をはかる。」という表現となった。
- 運営
- 社会との関係については、簡単ではあるが、本節の冒頭ですでに述べたので、ここでは、運営について記す。
- 京都大学は従来から「学問の自由」をかかげ、自主的な研究教育を重視してきた。学問の自由、自主的な研究教育が、学術の発展のためには重要であり、いたずらに自由に干渉すれば固有の発展をそこない、ひいては学術の衰退を招くことは論をまたない。そして、京都大学は、この自由の伝統にささえられて輝かしい成果をあげてきたのであり、自由の学風は、今後も京都大学の誇りとして継承していく必要があるとするのは大方の一致するところである。ところで、「学問の自由」、自主的な研究教育を守り、促進するためには、その学問の担い手である教育研究組織の自治を尊重することが必要である。そこで、基本理念では「教育研究組織の自治を尊重する」としている。しかし、他方、自治が行き過ぎて問題を引き起こすこともあり、それが、自治への批判を呼び込むことにもなっている。そこで、自治は尊重するが、「全学的調和をめざす」とした。
- また、大学としては、内部の研究者や学生職員にとっても、また大学の周辺の人々にとっても環境問題への配慮が必要であることから、「環境に配慮し」との一文が入っている。また、人権の尊重は、同和問題、障害者等への配慮、そして女性の活動支援と言う点でも非常に重要である。さらに、大学は社会への説明責任を果たすことが強くもとめられている。そこで、最後の文章は、「環境に配慮し、人権を尊重した運営を行うとともに、社会的な説明責任に応える。」とされている。
- 以上、簡単ではあるが、京都大学の基本理念の制定にいたる経緯と基本理念ワーキンググループでの議論について、ごく一部ではあるが私の理解を述べさせていただいた。
- ワーキンググループの委員や関係者の方々の見識と熱意により、基本理念が決められたことに、座長をつとめた私としては深く感謝の意を表したい。
(あかおか いさお大学院経済学研究科教授、京都大学の基本理念検討ワーキンググループ座長)
※『京大広報』No.564、1182頁~1184頁を転載したものです。

