博士学位授与式における総長のことば  

                                                         平成11年3月23日

                                                  総長   長     尾           真

 

   ただ今博士の学位を授与された皆様まことにおめでとうございます。ご列席の各研究科

長とともに心からお慶びを申し上げます。今回は課程博士 342名、論文博士 102名であり

ましたが、平成10年度全体では課程博士492名、論文博士285名、合計777名の方々

に博士の学位を授与いたしました。

 皆さんは、京都大学という最高の学府で最高の学問を身につけ、独自の研究成果をあげ

られた結果、こうして晴れの博士学位の授与を受けられたわけであります。皆さんはこれか

らも学問研究を続けてゆかれるでしょう。学問を究めるということはこれからであります。こ

れからもたゆまない努力を続けてくださるようお願いいたします。これから社会にでてゆく皆

さんの場合も、自分の専門性を生かして活躍してゆくことになるでしょう。いずれの道をとる

場合も、未知の事柄に出会い、これを何らかの形で解決してゆくことが皆さんに期待されて

いるわけであります。

  そこでもっとも大切なことは、物事を柔軟に考えるということでありましょう。孔子の言葉に

「学べば即ち固ならず」というのがあります。知識の狭い人はややもすると自分の狭い考え

にとらわれて、頑固になりがちであります。学問によって知見を広め、柔軟な精神状態を保

つようにすべきだ、ということであります。

 今日の学問はあまりにも細分化されすぎています。狭い領域、狭い条件の範囲で、与え

られた方法論でともかく3年間で何らかの新しい成果を出すということをやって来た人もい

るかもしれませんが、少なくともこれからは柔軟な精神でもって、広く物事を考える必要が

あります。またスピードが必要だからといって、難しいが正統な最善であると思われる道を

選ばず、次善の道で何とか物事を取り繕ってしまうということがあるかもしれませんが、常

に最善を尽くすという意志と努力を怠ってはならないと思います。手っとり早いことですま

せば、その場は取り繕えても、後になってそこから派生する諸々の障害を取り除くために、

はるかに大きな努力や費用と時間が必要になるということはよくあることであります。したが

って、条件が許す範囲内でのぎりぎりの最善を尽くすということが必要であります。

 さて今日世界的にみても、社会は大衆化と技術化の道を一途に進んでいるという状況に

あります。技術の発展は社会の大衆化をますます押し進め、また社会の大衆化はますます

技術の進歩と大衆化を要請するという相互関係にあるのであります。

   そして特に情報技術を中心とする現代先端技術の社会化によって、現代の社会機構は

技術装置化されてゆき、人々の活動がこの巨大装置の機能部品化されてゆきつつあります。

そしてその中に住まう人々の精神や生きる目標までもが、この巨大な技術装置に適合する

ように改造されていっているようにも見えます。さらに、その機能部品としての効率によって

人間の精神までもが評価されてゆきつつある、ということに気づかずに、自己満足してしまう

危険性さえはらんでいるのであります。こういった中で政治や経済はおろか、文化や学問、

研究や教育の世界までが大衆化の影響を強く受け、その活動やその結果生みだされる価

値までが、著しい勢いで大衆の希望や好みに合わせてゆかざるをえないような風潮一色と

なって行きつつあります。

 こういった大衆化と技術化は大学にも押しよせ、教育と研究を飲み込んでゆこうとしており

ます。そういった時代に大学は何ができるのか、何をしなければならないのかは、我々大学

人にとって死活の問題といってよいものであります。過去の人類の遺産を後世に伝えるとと

もに、新しい知的創造をし、時代に貢献してゆくために尊重されるべき精神とは何か、を明

ら・かにし、社会に対してその認識と理解を求めてゆく必要があるわけであります。

  現代の精神的状況の貧困を鋭くえぐり出し、これを批判するとともに、将来のあるべき姿を

描き出すことこそ現在の大学、特に独自の哲学・思想的伝統をもつ京都大学に与えられた

使命であると思います。しかし、これは非常に難しい仕事であり、哲学・思想がご専門の先

生方のみならず、広く大学のあらゆる学問分野の方々の意見をたたかわせ、京都大学の

社会に対する使命を明らかにしてゆくことによって実現しなければならないでしょう。大学改

革論議の盛んな今日、将来へむけての最善の道を選ぶべく、先に述べましたように広く深

い学識と柔軟な精神とでもってこの議論をしっかりと行い、我々の存在理由を明確にしなけ

ればならないと思っております。

 今日京都大学の博士学位を得られました皆さんも、学問とは何か、社会と学問との関係、

大学のあるべき姿について、これからもよく考えていただき、ともすれば日常性の中に埋没

しそうになる自分の精神を励まし、これからのあるべき日本、あるべき社会を考え、それに

向かって努力する際の糧にしていただきたいと存じます。大学のもつ意味、学問のもつ力

はそういうところにもあるわけであります。

 皆さんのこれからのご活躍を念じながら、今日の良き日のお祝いの言葉といたします。