21世紀を迎えて

                            総長 長 尾  真

 京都大学の教職員の皆様、21世紀初めての新春おめでとうございます。21世紀が平和で

人類にとってよりよく発展していく世紀であることを祈りますとともに、またそのように

するべくお互いに努力していくことを誓いたいと存じます。

 21世紀という世紀

 さて21世紀はどのような世紀になるのでしょうか。我々は少なくともその前半の50年

については予測をし、展望をもって進む必要があるでしょう。我々の希望と期待を実現す

べき21世紀は、しかしながら、20世紀の前半が特に戦争にあけくれた困難な時代であった

と同様に、困難な時代となっていくと考えざるをえません。

 それは物事の価値観がゆれ動き、情報ネットワークの極端な発展によって世界の政治経

済システムが不安定振動をするからというだけではありません。既にはっきりと予測され

ているように、CO2排出を十分に制御できず地球温暖化が進むほかに、大気汚染、水質や

土地の汚染が急速に進むと見られています。そして人口増加はますます進み、エネルギー

問題、食糧問題、さらには水不足が深刻となることは明らかであります。全てが有限であ

る中で、人口だけが増大し、生産活動、消費活動がますます盛んになり、地球を消耗しつ

くす方向に急速に進んでいるということは間違いのない事実であります。

 人類全体に対して、この地球の危機的状況の認識を深め、これにどう対処していくかを

示すことは、世界政治の問題であり、各国政府の自覚によらねばなりませんが、政治に対

して進むべき方向性を与えるのは大学人の英知によらねばならないと思います。

 残念ながら、今日企業のみならず、政治においても2,3年先さえよく考えずに、その

時々の流れに身をまかせている状況でありますから、国際的な政治経済力学がどのように

働いており、我国がどのような判断をし、世界に対してどのように働きかけていくべきか

については、我々大学人がリーダーシップを発揮する必要があるものと考えます。こうい

ったことは単に政治経済の分野に限らず、科学技術、医学、生命科学等を含む今日国力の

源泉であるといわれているあらゆる分野において考えねばならないことであります。

 一方では、大学は学問をそれ自体として発展させていく義務がありますが、そのために

は社会や自然から十分なる栄養をくみあげなければならず、そのためには社会や自然の中

に大きな根をはっていく必要があります。今日の学問は、根っこのしっかりしないひょろ

ひょろと伸びた青白いひよわな木となってしまっているのではないでしょうか。この21世

紀の始まりの年に、大地に新しい学問の種をまき、世紀の半ばにはしっかりした太い木に

育てあげ、黙っていてもその木陰に多くの人達が集まって来て憩うというような豊かな大

木にしなければなりません。

 国の科学技術・高等教育政策に関連して

 1995年に制定された科学技術基本法に基づいて作られた科学技術基本計画によって、過

去5年間に17兆円の支出がなされ、大学関係にもかなり大型の研究プロジェクト経費が来

るようになり、いろいろと研究成果があがっているのは歓ばしいことであります。京都大

学でもいくつものプロジェクトが行われて来ておりますが、今後さらに多くの研究プロジ

ェクトが採択され、より多くの優れた研究成果が出されることを期待したいと存じます。

 しかしこの科学技術基本計画も本年3月で5年間の計画が終了することになり、現在次

の5年間の基本計画の策定作業が行われております。この新しい計画では科学技術全般の

推進とともに、研究開発の重点項目を鮮明にしております。また若手研究者の自立性の向

上、任期制の広範な普及、産学官の連携強化、科学技術振興のための基盤整備など、広範

な課題を提示しており、今後の京都大学における研究活動においても十分考慮すべきもの

と考えます。

 昨年1年間にいくつかの注目すべきことが文部行政のレベルで決められております。ま

ず、各国立大学に運営諮問会議をもうけること等、大学関連の法改正がなされ、昨年7月

に京都大学運営諮問会議の初会合が井村裕夫前総長を議長として開かれました。そして今

後の京都大学の教育研究にとって非常に参考になる種々のご意見(『京大広報』No.550

をいただきました。

 また、国立大学に対して大学評価を行うことが決定され、これを行うために学位授与機

構が大学評価・学位授与機構に改組され、全学的な活動と専門分野の活動について、それ

ぞれ教育・研究の両面から外部評価が行われることになりました。近く京都大学に対して

も評価が行われることになっております。

 文部省では従来作って来た卓越した教育研究拠点(COE)をさらに大学院の専攻単位

でも作って行くことになり、学位授与率が高く活溌に教育研究活動を行っているところを

指定する方針であります。京都大学は本年度、三つの専攻がその指定を受けましたが、他

大学に比して決して多くはなく、今後さらに努力する必要があります。

 なお、本年1月6日には文部省と科学技術庁とが統合され、文部科学省となります。大

学等に関係する局としては、高等教育局、科学技術・学術政策局、研究振興局、研究開発

局等となります。政府は教育をその重点施策の一つとしておりますし、教育改革国民会議

や中央教育審議会からは種々の答申や提案が出されております。これらの一連の提案に基

づいて種々の新しい施策が行われるようになるでしょうから、我々としても注意深く対応

していく必要があると考えられます。

 国立大学の法人化問題

 さて一昨年来問題になっています国立大学の法人化の問題でありますが、昨年には重要

ないくつかの動きがありました。まず5月始めに自由民主党は国立大学を独立行政法人通

則法の下で法人化するには無理があり、「大学の特性を踏まえた措置を講じることにより、

『国立大学法人』といった名称で独立行政法人化する」との方向を示しました。

 5月下旬に開催された国立大学長会議においては、文部大臣は国立大学の法人化につい

て調査検討をするための「国立大学の独立行政法人化に関する調査検討会議」を設置する

ことを表明し、四つの委員会(組織業務委員会、目標評価委員会、人事制度委員会、財務

会計制度委員会)がもうけられました。7月以降検討を行って来ておりますが、これらの

委員会には国立大学協会から多くの委員を派遣し、国立大学側の意見を述べております。

文部省では、本年中頃にはこれらの委員会においてある種の案をまとめる意向であると聞

いております。

 一方6月に開かれた国立大学協会総会においては、@独立行政法人通則法の下での法人

化には反対である、A今後の国立大学のあるべき設置形態について「設置形態検討特別委

員会」をもうけて検討する、B文部省の設置する「国立大学の独立行政法人化に関する調

査検討会議」に積極的に参加し国立大学協会の意向を強く反映させる努力をする、C長期

的展望のもとに我国の高等教育のあるべき姿をえがくとともに、学術文化基本計画の策定

をする議論の場をもうけるべきである、という4項目を決定しました。設置形態検討特別

委員会は文部省の四つの委員会に対応させて四つの専門部会をもうけて、夏休み前から精

力的に議論をしておりますが、これは独立行政法人通則法の傘の下でといった条件下での

議論ではなく、本来的な国立大学の将来のあるべき姿の追求という立場で成案を得るべく

努力をしているところであります。

京都大学の対外活動

 最近は各国とも主要な大学は国際的によく認知された魅力のある大学となって、良い教

師・研究者とともに良い学生を国際的に集めようと、国境をこえて種々の努力をしており

ます。これからの国際化の時代を考えますと、できるだけ多くの京都大学の学生に外国の

経験をさせ、国際的視野をもって逞しく生きる人物に育てることが大切と考えられます。

京都大学に籍をおきながら海外の大学に留学する制度は、1年間の短期留学制度だけでな

く、いろいろとありますから、積極的に外国へ出て行ってもらいたいものであります。

 京都大学の国際的な活動として、昨年はいくつかのことがありました。東アジア研究大

学協会(AEARU)は漢字圏の主要17大学の集りで、いろいろなテーマについてのワーク

ショップを開催していますが、京都大学はこれまでWeb技術のワークショップを開催し、

本年はコンピュータサイエンス・ワークショップを年末に開催する予定であります。学生

の相互交流を目的とした会もいくつかあり、京都大学からは毎回複数名の学生を派遣して

おります。

 また、環太平洋大学連合(APRU)は16ヵ国34大学で構成されており、電子図書館や遠隔

講義、高速コンピュータネットワーク等についての相互協力など、種々の活動を行ってお

ります。さらに昨年は中国の北京大学、清華大学など主要7大学と日本の主要7大学との

間で学長会議が持たれ、種々の情報交換、意見交換がなされ、今後より緊密な関係を作っ

ていくことになりました。

 京都大学の研究成果を海外に知らせるとともに研究協力をする大学としての活動は、主

として日本学術振興会の支援によって行っております。本年1月13日には米国カリフォルニ

ア州サンタクララにおいて、京都大学国際シンポジウム「ネットワークとメディアコンピュ

ーティング」を開催しますし、年末には英国ロンドンにおいて、「日本経済における最近

の変遷」というシンポジウムを予定しております。またアジアを対象とした拠点大学方式

による学術交流事業によって、マレーシア、タイ、シンガポール、インドネシア、韓国の

各大学群とそれぞれ協力研究をしておりますが、今年からは中国清華大学を中心とするグ

ループと地球環境をテーマとした協力研究をスタートさせます。

 京都大学には現在海外からの留学生が約1,100人いますが、文部省は留学生十万人計画を

改めて明確にしましたので、京都大学でも、1年間の短期留学生とともに、今後留学生が

増加していくことになるでしょうし、またその受入れに対してさらなる努力をしなければ

なりません。これは単に留学生のためという狭い考え方でなく、今後急速に国際化してい

く日本の大学の中で、京都大学が世界的にもよく知られ、学生や研究者を引きつける魅力

のある大学になっていくために必要なことであり、留学生のための教育システムの充実、

環境の整備に対してもっと配慮をしていくことが必要と考えます。

 新しい組織

 上に述べましたような全国的なレベルにおける学術研究の大きな流れと高等教育制度に

関する動きの中で、京都大学においても種々の新しい努力をしてまいりました。昨年4月

には経済学研究科においてリフレッシュ教育の推進を主たる目的とするファイナンス工学

講座がスタートしましたし、経済研究所には附属金融工学研究センターが出来ました。こ

れらの組織の新設を記念して去る12月13,14日には東京と大阪において「21世紀の金融と金

融工学の役割」と題する講演会を開催しましたが、定員の2倍をこえる参加希望者があり、

大変な盛会となりました。

 医学研究科においては、広く自然系学部の卒業生が医学研究の道に進めるよう、医科学

専攻(修士課程)をもうけましたし、予防医学を中心とした社会健康医学系専攻(修士課

程、博士課程)をもうけ、いずれも順調なすべり出しをしております。

 社会の複雑化にともなう各分野の専門性の深まりに対応した専門職業人の養成は、これ

から新しく我々が努力すべき課題であります。そういった観点から、医学研究科に新しい

組織の専門大学院制度を導入しましたが、今後他の分野でも検討する価値のあるものと考

えられます。

 来年度については、まず経済学研究科には今年度のファイナンス工学講座に引きつづい

て事業創成講座を設置する予定であります。また、農学研究科と食糧科学研究所とを統合

し、新しい農学研究科に改組すること、情報学研究科に生命情報学講座、化学研究所に附

属バイオインフォマティクスセンターをもうけ、両者が協力して生命情報学を推進するこ

となどの計画を進めております。全く新しい組織として国際的視野の下に産学官の連携を

行う我国最大規模のセンターを発足させる準備もしております。さらに医学研究の成果を

附属病院での実施にもっていくための橋わたしとなる実践的研究開発を行う探索医療セン

ターを附属病院に設置する計画を進めております。

 次年度以降については、なんといってもますます深刻となっていく地球環境問題に対し

て京都大学として真正面から立ち向かっていくことが必要であり、そのためにどのような

教育研究体制をとるのが適当であるかについて、現在将来構想検討委員会の下に専門委員

会をもうけ検討を進めております。

 新しい施設

 施設に関しては、まず総合博物館の建物が完成し、現在展示等内部の整備をしておりま

すが、5月には開館の予定であり、広く社会に開かれたものとなります。また平成9年に

設立した総合情報メディアセンターの建物も完成し、メディアを利用した教育を進展させ

るとともに、多くのコンピュータ端末装置を学生が自由に利用できる環境を提供しており

ます。

 現在吉田地区で着工中の施設はいくつもありますが、今年新たに着工するものとして

は、全学共通科目の教育を少人数のクラスで行うための教室建物を総合人間学部に作りま

すし、老朽狭隘の著しい薬学部その他に建物を作る予定であります。本部事務棟も工事を

始めており、2年後に完成したあとは1年かけて時計台の改修をし、百周年記念館として

卒業生を含む京都大学構成員に広く利用していただけることになる予定であります。

 一昨年決定いたしました桂キャンパスは順調に設計が進み、本年1月には建物の建設に

着手し、2年後の3月には工学研究科のうち化学系および電気系の専攻が移転することに

なります。

 以上のように、施設整備についてはいろいろと努力してまいりましたが、老朽化したも

のの改修も含めてまだまだ焼け石に水であり、狭隘状態は解消されません。各部局ともで

きるだけ早急にという事情はありましょうが、今後とも各部局の窮状をよく勘案しながら

バランスよく整備を進めていきたいと考えておりますので、よろしくご理解をお願い致し

ます。

 教育・研究の理念

 京都大学は過去百年余の間、日本の学問の発展のためにたゆまぬ努力を続けてまいりま

した。そして多くの輝かしい学問的成果をあげるとともに、社会に対しても多大の貢献を

して来ました。この教育研究活動を通じて多くの優れた人材を社会に送り出して来ました

が、これはいわば研究と教育の統一を理念にかかげたフンボルト主義に基いたものであっ

たといえるでしょう。

 しかし今日の学部教育が全面的にフンボルト主義でなされているとは言えないのではな

いでしょうか。時代はこの百年間で明らかに変わりました。21世紀の幕開けに際して、京

都大学のもつ他の大学にない特徴と誇るべき伝統を十分にふまえながらも、これを止揚し、

新しい教育研究の概念と方向性を見い出し、実践していく必要があるものと考えます。

  そこで京都大学の教養教育をどうすべきかという問題と、それと関連して総合人間学部

の今後のあり方について検討することが必要であるというところから、将来構想検討委員

会の下に専門委員会をもうけて検討を開始いたしました。今日広く社会から、学生の勉学

意欲の減退、教養の不足、学力の低下等が指摘されている中で、京都大学においても学生

の学力低下が認められるという意見が多く、ここでその改善のための方策、カリキュラム

の検討、教育体制のあり方など、あらゆる角度から十分な検討を行い、できるだけ良い教

育研究のシステムを編み出さねばなりません。

 京都大学は何といっても日本の代表的な研究大学でありますから、教育研究を新しい時

代に合ったフンボルト主義で、より一層充実したものとしていく必要があるでしょう。学

部でしっかりした基礎教育を受けた若人に大学院で専門分野の高度な教育を与えるほかに、

社会の経験をふまえた人々の再教育、生涯教育など、学問に志ざす人は誰でも分けへだて

なく受入れ、いっしょに学問研究を行っていくことも大切と考えます。

 こういった状況をふまえて、京都大学はその研究活動とともに教育活動についても、ど

のような理念の下にこれを行っているのか、また行っていくべきか、ということを明確に

し、そのためのあるべき大学の組織形態等についても検討することが必要であると考え、

昨年末に京都大学の理念を検討する委員会を発足させました。出来るだけ多くの先生の考

え方が反映され、21世紀の京都大学の使命とあるべき姿を描いていただきたいと考えてお

ります。

 我々の決心

 以上昨年一年間にあったことを中心にいろいろと述べてまいりましたが、ここで新しい

世紀における学問とは何か、大学とは何か、教育とは何か、ということを、あらためて問

う必要があると考えます。ぜひとも各自が自分のこととしてよく考えていただきたく存じ

ます。

 急速な社会の変化の中で、日本の大学は法人化問題でゆさぶられ、学生に対する教育の

不十分さを非難されながら、教育研究施設の老朽化と狭隘さ、不十分な研究費等で苦しめ

られ、ややもすると自信喪失の状態に陥っているようにも見うけられますが、こういう時

にこそ京都大学は毅然として日本や人類の進むべき方向をはっきりと示し、自信をもって

教育・研究を行っていかねばなりません。京都大学はこれまで百年余、いろいろと歴史の

荒波に鍛えられて来たのであり、今日押しよせて来ている荒波ごときに翻弄されるような

軽薄な学問をして来たのではありません。今後いかなる状況になろうとも我々の行う教育

研究、学問の道が崩れてしまうということはありえません。激動の時代にこそ、新しい可

能性とチャンスがあるのであります。このチャンスを利用して我々は夢を実現させるべく

努力をしなければなりません。些細なことに右往左往せず、この自信と信念をもって、困

難が待ちうける新しい世紀に門出していこうではありませんか。

 今年も皆様にとりましてより一層意義深い年となりますよう祈念して、新年のご挨拶と

いたします。