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2007年9月12日

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世界トップレベル国際研究拠点としての
「物質‐細胞統合システム拠点」構想に寄せて

拠点長候補者
理学博士 中辻憲夫
京都大学 再生医科学研究所 所長 教授

【前文】

 京都大学は、物質科学と細胞科学の両分野で世界をリードする存在である。これまでにノーベル物理学賞と化学賞受賞者を合計4名輩出し、化学分野での論文被引用数は世界で4位、国内1位である。また、再生医科学研究所は幹細胞研究で世界の核となっているのをはじめ、これら両分野の世界的リーダーが多数在籍する。本構想では、こうしたかけがえのない人的資源、知的資産を活かした「物質‐細胞統合システム拠点」を提案する。
  この拠点においては、「メゾ空間」という領域で、生物の世界と物質の世界を接合することを目指している。この分野はまだ世界的に見ても未開拓であり、日本の、特に、京都大学の研究状況を見ると、日本が今後リーダーシップをとれる可能性が十分にある。また、研究環境の面では、言語、報酬、評価、勤務形態などの面で、世界のトップクラスの研究所に匹敵する体制を整える。これは、日本では前例のないレベルの充実した研究者支援を目指すものであり、今後、国内の大学における研究運営のモデルとなることを強く意識したものである。
  本構想は、文部科学省の「世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム」の掲げる、1異分野を融合させた新しい学問分野の創造、2世界トップレベルの研究者が集い、次のトップとなる有望な若手科学者を育む「場」の創造、という二つの目標に対し、日本が競争優位を持ちうる強力な研究領域の提案と、日本の競争優位を確立していくための研究環境の飛躍的改善をもって、応えんとするものである。

●新しい学問分野の創造
  本構想は、「メゾ空間」と「幹細胞」をキーワードに、生命科学、化学、材料科学、物理学の融合した新しい科学技術の地平を切り開くことを目指している。メゾ空間(10-100nm)とは、これまで広く研究対象とされてきた「ナノ空間(1-10nm)」と「バルク空間(1μm)」の中間に位置するもので、可能性を秘めた次世代技術の種の宝庫である。このメゾ空間における主要な物質間相互作用のメカニズムを解明し、メゾ空間レベルで物質を制御するための革新的な技術を確立することができれば、産業、医療、環境などの分野で、多岐にわたる応用が可能である。
  われわれのチームには、発生生物学から物理学・化学・材料科学まで、さまざまな分野の研究者が参加しているが、これらの分野を統合する共通項が、二つ目のキーワード、「幹細胞」である。本拠点では胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞を実験系として用いることにより、分野を横断するパラダイムを構築する。このプロポーザルの主任研究者の一人、山中伸弥博士は、世界に先駆けて人工多能性幹細胞を生み出すことに成功しているが、これらの多能性幹細胞は成長が速く、遺伝子改変が容易であるという利点がある。幹細胞を多角的に理解することを通じて、再生治療の発達を促進することも期待できる。

●若手研究者を育む「場」の創造
  現在、日本の科学研究において最も深刻な問題は、この国が世界トップレベルの研究者が集う場とも、有望な若手科学者のキャリア形成の場としても選ばれていないことである。このことを解決しない限り、日本の科学技術は他の先進国はおろか、新興国にも遅れをとるようになろう。この問題は、近年の科学技術振興のための国家予算が低水準に留まっていること以上に深刻な問題といって過言ではない。
  この状況を打破するために、まさに文部科学省の呼びかけにあるとおり、「従来の発想にとらわれない」かたちで本構想のビジョンを打ち出すことにした。すなわち、研究内容の説明に先立って、世界最先端の研究拠点としての環境整備、運営体制について、われわれがどのように考えているのかをまず述べたい。本拠点の研究分野は、海外の科学者にとっても非常に魅力あるものであることは疑いようもないが、彼らが日本で研究活動を行う際の障害を極力排除することができれば、彼らにとって日本での研究活動がより貴重なキャリアとなるであろう。また、われ われの提案する研究拠点の運営モデルが、日本国内で一つのスタンダートとなれば、国全体としてもより多くの優秀な科学者をひきつけることが出来るものと信じる。

I. 拠点運営の方針と目的
  拠点運営に関して最も重要な点は、本拠点が、組織上は京都大学総長と研究および教育担当理事の直轄となるが、原則として独立したかたちで運営を保証されるということである。これにより、日本の大学研究に典型的な硬直的規則に束縛されない自由な活動が可能となる。また、組織構造は階層の少ないフラットなものとし、各研究者への権限委譲を促進する。このまったく新しい研究機関の運営モデルが成功すれば、京都大学全体で、ひいては他大学においても導入が進むと考えられる。

[1] 文部科学省の拠点構想との完全な整合性
  本拠点では、プログラム委員会の挙げたすべての運営上の要件を満たすのみならず、以下に挙げるように委員会の期待を上回るレベルの研究環境を実現する。海外の審査員にとっては、以下に述べるような条件は当然で、ことさら強調するのは奇異に映るかもしれないが、現状においては、ほとんどの日本の大学においてはこうした体制が実現されていないことを指摘しておきたい。

  1. 英語を共通使用言語とする

    会議、書類、電子メールなどにおいては、すべて英語を使用する。事務局、および各部門には、英語力に堪能なスタッフを二人ずつ置く。京都において英語で職務遂行できる技術補助員(ラボテクニシャン)の集積度が非常に高いことは、本拠点の大きな魅力のひとつである。また、多くの技術員が海外における研究経験を持ち、科学技術系の修士号を有している。

  2. 拠点長が迅速な意思決定をする

    各主任研究員(PI)への研究費および研究スペースの配分などを含む主要な決定は、拠点長が拠点幹部会の補佐を受けて行う。拠点幹部会は拠点長および副拠点長、事務管理部門長から構成される。

  3. ステアリングコミティーおよび評価委員会を設置する

    拠点には、大学内外の有識者によって組織される、ステアリングコミティー(舵取り委員会)および研究活動等を評価する評価委員会をおく。


  4. 能力給システムを導入する。

    京都大学内から参加する研究者の給与は、当面大学の規定に沿って支払われることになるが、これに加えて実績に応じた報酬を「特別賞与」等の形で支払う。それと並行して、他の研究機関から本拠点に移籍した研究者に対しては完全に実績に基づいた年俸制度を適用する。評価委員会は、厳密かつ客観的な評価を行う。拠点長はこの報告をもとにして、拠点幹部会およびステアリングコミティーの補佐も受けながら最終評価を決定する。

  5. すべてのポジションは、国際公募を行う。


  6. 主任研究員は研究活動に専念する

    本拠点の主任研究員は京都大学の教授とするが、各種委員会関連業務および学部生向けの教育業務は免除される。また、研究者が負担する管理事務的業務を最小限にとどめるために、事務局には十分な数の優秀な人員を配置する。

  7. 国際シンポジウムを年2 回開催する

  8. 研究者に対するスタートアップ資金の提供を保証する


[2] 本拠点における特別プログラム
  地理、言語、文化的な障壁が存在する日本の現状において、海外からの研究者を含めてすべての研究者が、生活上、業務上の不安やストレスを感じることなく、世界レベルで魅力的な研究活動拠点と考え、研究に従事できるように、本拠点ではさらに、次のようなプログラムを用意する。

[2A] キャリア養成スーパーポスドクシステム「京都IMCS フェロー」
  本拠点では、キャリア養成スーパーポスドクシステム、「京都統合細胞物質科学フェロー」または「京都ICMS フェロー」を創設し、そのための年間予算260 万ドルを確保する。このプログラムは、若い優れた研究者に対し、十分な財源と独立性を提供することを目的としている。フェローは、当拠点のどの主任研究員の実験機器、関連部門の共通備品と共通実験施設を無料で自由に使用できる。この予算で、本拠点では常時8人程度のフェローを採用する。フェロー候補者は、国籍を問わず博士号を取得して間もない優秀な科学者の中から選ばれる。学位をとったばかりのこの時期は、新鮮で独創的なアイデアに基づいた、野心的な研究がもっとも期待できる。フェローには、年間7〜10 万ドルの給与が5 年間支払われ、それとは別に、小規模な研究グループを指揮するための人件費を含めた経費として年間10〜30 万ドルが支給される。こうした手厚い研究支援を得て、充実したポスドク時期を送ることになる研究者たちが、将来、国際的舞台においてめざましい業績を達成することにより、本拠点の研究者育成機関としての魅力が増すことが期待できる。

[2B] 長期・短期訪問研究者のための十分な資金
  本拠点として、年額50 万ドル(約6000万円)を訪問研究者の滞在費・旅費として準備する。これは、国際シンポジウム開催費とは別の予算である。これによって、世界トップレベルの研究者、各世代でのトップレベル研究者との共同研究と交流を加速し、大学院生レベルでの交流も促進する。

[2C] 共用実験室
  日本の研究組織の典型的弊害として、「研究グループ間の壁」がある。本拠点では、この壁を取り払い、研究者間の日常的な交流と連携研究を促すことにより、よりダイナミックな研究活動を実現する。具体的には、上記のスーパーポスドクによって拠点長指揮された研究グループを含む、全ての研究グループがベンチスペースを分け合う共用実験室を多数配置する予定である。これにより、研究の進展やグループ規模の増減に応じて研究スペースの配分を随時変更できる。

[2D] モデルメンター育成プログラム
  科学者にとって、キャリアパスの早い段階で良きメンターと出会うことは非常に重要で、多くの場合、そうした出会いは大きな研究成果につながる。本拠点では、日本で実質上初となるモデルメンター育成プログラムを立ち上げ、統合細胞物質科学に関連した分野で世界的に活躍し、かつメンターとして評価の高い科学者を招聘することを計画している。このプログラムを成功させるための秘訣は、彼らの教え子と現在のポスドクも併せて、グループとして招聘することにある。それによって、レベルの高いメンターシップとその成果をそのまま本拠点で学ぶことが可能である。

[2E] 科学インテグリティーおよび科学コミュニケーション育成プログラム
  現代社会においては、科学技術が人類の健康福祉に多大な貢献をしているにも関わらず、その行き過ぎた発展に警鐘を鳴らす動きもある。また、社会との関わりの中で科学者のインテグリティーが厳しく問われる時代になった。現代の科学者には最先端の科学技術を正しく社会に伝える能力に加え、自らが関わる科学研究に対するインテグリティーを高く保持することが必要とされている。こうしたニーズに応えるため、本拠点では、科学インテグリティー(および科学倫理)の意識と理解を向上させるとともに、科学コミュニケーションを担う人材育成を目的としたプログラムを立ち上げる。このプログラムを推進するにあたり、科学コミュニケーションと科学倫理の研究家である、京都大学人文科学研究所の加藤和人准教授の協力を得て、関連分野の有識者を招聘しながら実施する予定である。本拠点は、このプログラムを通じて、ひろく科学者と一般社会とのコミュニケーションの架け橋となることを目指す。
 
  以上に挙げた多角的支援と環境整備によって、本拠点が第一線の研究者のみならず、若手、中堅の優れた人材から、世界に開かれた魅力的な研究拠点として評価されることを確信している。