寄附講座の教育研究領域の概要(カリキュラムを含む。)

 

設置理由:


 本講座は免疫ゲノム医学の基礎的な研究を行うと同時に免疫制御物質の臨床応用を目指した総合的な免疫ゲノム医学研究とその教育を行うことを目的に設置する。


(1)背景


 免疫学は20世紀における生命科学の飛躍的な発展の中において、常に先端を走り、生命科学の新たな展開を促した原動力として中心的な役割を果たした分野である。免疫を特徴づける遺伝子変異に基づいた抗体遺伝子多様化機構の解明は、この免疫学の急速な進歩の中でも未解決であったが、近年ようやくその解明に向けて飛躍的な発展を迎えている。このきっかけとなったのは、2000年免疫系における遺伝子改変機構の中心的な分子としてAID(Activation-induced Cytidine Deaminase)が発見されたことであり、その作用機構について現在世界中の関心が集まっている。この研究を発展させることにより、抗原刺激により、どのようにして多様な抗体分子が産生されるかという免疫学の基本的な課題が明らかにされる。さらに、この研究はヒト等の高等生物におけるゲノムの安定化機構の解明にもつながり、ゲノムの不安定化によって引き起こされる癌、細胞死、老化等の生命現象の根本に関わる重大な課題である。また一方、免疫系を全体的に制御する正及び負の制御物質の解明が進み、これらの統合的な臨床応用への期待が高まっている。すなわち、costimulatory receptor と inhibitory receptorの2種類の分子群による免疫系の制御が抗原刺激による免疫応答に際して不可欠であることが明らかになった。中でも、inhibitory receptorとして発見されたPD-1分子はその制御によって免疫の亢進と抑制のバランスを司ることが明らかとなった。とりわけ、局所における免疫制御分子として、今日臨床応用が期待されている。免疫系は、個々の機能分子の解明から今日、免疫系の根幹を制御する分子の解明へと発展し全体の方向性を制御する応用へと流れが進んでいる。この中で、AID及びPD-1の機能を中心とした基礎的研究とその臨床応用への期待が高まっている。


(2)新設の意義

 医学研究科においては、免疫学分野の研究を支えてきた重要な講座の教授退任並びに寄附講座の終了が予定されている(分子生物学及び分子免疫学アレルギー講座)。免疫学の研究教育を担う講座としては生命科学研究科との兼務である免疫細胞生物学を残すのみとなる。このような状況において、免疫学分野の大学院教育の充実並びに医学研究科からの免疫医学・臨床応用へ向けた展開、その学問分野の重要性、いずれの面から見ても医学研究科に免疫ゲノム医学講座を設置することが極めて適切であり時期を得たものである。


(3)教育の内容

 本講座においては、分子レベルでの免疫応答の制御、抗体の多様化機構、サイトカインの機能ならびにゲノムの不安定化など、免疫ゲノム医学の中心的な内容について大学院レベルでの教育に資する。本講座の教育内容は、免疫細胞生物学及び放射線遺伝学分野との連携及び相互補完でもって、最も大きな効果を発揮する。


(4)期待される成果

 骨髄におけるBリンパ球の分化課程においてRag1、Rag2によるVDJ組み換えが起こり抗体遺伝子のレパートリーが作られる。その後、Bリンパ球は末梢リンパ組織に移動し、そこで初めて抗原と出会う。抗原刺激を受けたBリンパ球は抗体遺伝子の体細胞突然変異およびクラススイッチ組換えを行い、抗体遺伝子の新たな多様化が起こる。この結果として、抗原特異性が高く、抗原の特性に応じた排除機能を備えた抗体産生が可能となる。この機構は長らく、免疫学のみならず生命科学における最も不思議な遺伝現象として多くの研究者のテ―マとなってきたが、2000年にAIDがこの両者の制御を行うことが明らかにされ、その分子機構に今日世界中が注目している。AID分子が現在RNA editingを介した遺伝子切断を行うのか、DNA上のcytidine deaminationによってDNA切断を行うのかが大きな焦点となっている。この解明はAIDがターゲットとするRNA分子、またはその共役因子の同定により初めて可能となる。DNA deamination説に関しては、近年、その主要な役割を担うと推定されてきたUracil DNA glycosylase(UNG)が実際にはUの除去に働いていないということが明らかにされ、大きな疑問が提示されている。従って、この問題を解決し抗体の多様化機構の基本原理を明らかにすることにより、ヒトゲノムに対する自己遺伝子による積極的な切断機構の解明及びその制御機構が初めて明らかになる。この
解明は、当然抗体遺伝子だけがこのような制御を受け、他の遺伝子はなぜ攻撃を受けないのかという問題につながる。この機構の解明は異常な免疫刺激によって引き起こされる多くのB 1ymphomaにおける突然変異の導入や染色体転座の機構、すなわち癌化の機構解明に大きな手がかりを与えるものである。

 一方、本講座のもう一つの研究テーマである免疫系の負の制御因子PD-1に関しては、その異常によって自己免疫病が多数誘発されること、また、負の制御のブロックにより抗腫瘍活性が大きく亢進されることなどから、臨床応用への展開が期待されている。PD-1のヒト型抗体もしくはPD-1可溶化分子の投与によって免疫賦活癌治療法の開発が期待される。逆に、PD-1を活性化するPD-L1、PD-L2の1igand投与により移植等の過剰免疫応答を抑えることによる免疫
制御療法が可能となる。これらの方向を目指した基礎的また探索臨床的な研究の展開が期待される。AID及びPD-1は既に国際特許を取得しており、これらの基礎的な研究から臨床応用へつながる医学研究の大きな発展が期待される。


 現有組織との関係

 本講座は、京都大学医学研究科基礎講座及び臨床講座と多面的な連携が可能となり、本研究科の発展に大きな貢献を果たすと予測される。        

 具体的に免疫細胞生物学、ゲノム医学研究センター、血液内科、移植免疫学、臨床免疫学並びに臨床各科の腫瘍治療プロジェクトと密接な連関を行う。

 

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