発掘、京大

京都大学の防災学を掘り起こす 防災研究の最前線、トランスサイエンスへの挑戦京都大学の防災学を掘り起こす 防災研究の最前線、トランスサイエンスへの挑戦

基礎科学から応用技術まで

 台風、河川の氾濫、豪雨、地震、火山の噴火など、近年、日本は毎年のように自然災害に見舞われ大規模な被害を受けている。社会に大きな影響を与える自然災害のメカニズムを解明し、多様な側面から防災、減災についての課題解決にアプローチする防災研究への人々の期待は、ますます膨らむばかりである。

 京都大学の防災研究は、京都帝国大学理工科大学の設置以来、地球物理学、地質学、土木工学、建築学、農業土木工学などの関連分野で進められ、その歴史は古い。1951年には、全国に先駆けて防災科学の総合研究拠点となる防災研究所(以下、防災研)を設置し、現在まで基礎科学から応用技術にわたる広範な研究を行ってきている。社会の発展や地球環境の激変に伴って進化する災害に挑戦してきた歴史を振り返りながら、京都大学の防災研究に流れる精神を探ってみることにしよう。

京都大学と書かれたプレートの後ろに立つ、宇治地区研究所本館。ここに防災研究所があるイメージ

京都大学と書かれたプレートの後ろに立つ、宇治地区研究所本館。ここに防災研究所がある

発掘先SOURCE of DISCOVERY

礎を築いた志田順

 日本の近代的な防災研究のはじまりといえば、明治期に本格的にスタートした地震研究ということになるだろう。1877年、後に帝国大学となる東京大学の設立で外国から多くのお雇い学者が招かれたが、彼らが驚いたのが日本の地震の多さだった。1880年にイギリスの鉱山学者、ジョン・ミルンらが日本地震学会を設立。さらに1891年に7,000人以上の死者を出した濃尾地震が発生したことから、翌年、震災予防調査会が発足し、組織的な地震研究がはじまった。

 ミルンに学んだ東京大学の大森房吉を中心に地震学が進展する一方で、京都帝国大学理工科大学にも地震研究の機運がもたらされる。震災予防調査会の発起人だった数学者、菊池大麓が、1909年、第三代京都帝国大学総長に就任。第一高等学校教授だった志田順に白羽の矢を立て同大学理工科大学助教授として招いたのだ。

 志田は、菊池の期待に応え、地球科学の分野で多くの業績を残し、1924年には地球物理学講座を開いて初代の教授に就任、京都大学における地球物理学の研究基盤の礎を築いた。月と太陽の引力が陸地や地球内部の岩石などに変形を引き起こす地球潮汐の研究では、Shida-Number(志田数)の推定という世界的な業績を上げたほか、深発地震の存在や地球自由振動の観測の提唱など、多方面で幅広い成果を生んでいる。また、大正末期から昭和初期にかけて、大分県別府市の地球物理学研究所(現・地球熱学研究施設)、熊本県阿蘇市の火山研究施設(現・地球熱学研究施設火山研究センター)、大阪府高槻市の阿武山地震観測所(現・阿武山観測所)を次々と開設した。

阿武山観測所は、1930年に「阿武山地震観測所」として創設されたイメージ

阿武山観測所は、1930年に「阿武山地震観測所」として創設された

総合的な防災研究拠点の設立

 第二次世界大戦が終わるとすぐ、京都大学の防災研究は大きく動き出す。1946年初頭、建築学の棚橋諒、地球物理学の佐々憲三、西村栄一、土木工学の石原藤次郎、海洋学・陸水学の速水頌一郎の5教授が、「災害の予防と軽減」の総合研究班を組織。災害現象の実体をつかみそれに基づいた災害の防止・軽減を行うための科学技術研究には、理学、工学、農学の各分野の研究者や行政も含めて総合研究を行わなければ十分な成果が上がらないという認識から、総合的な防災研究に着手した。全学で、セクショナリズムから脱し広い視野と協同をめざす総合研究体制の機運が高まっていた中でのできごとである。

 1947年に財団法人防災研究所を設立し共同研究の実績を積み重ねた上に、1951年、防災科学を組織的に研究する専門機関として、京都大学附置研究所として防災研究所が設立された。「当時は、地震に加えて気象災害、水災害、土砂災害を網羅した形の研究機関はまだなかったと思います」と、京都大学防災研究所長・橋本学教授は語る。学問の垣根を越えようとする、当時はまだ珍しい取り組みだったのである。

京都大学の防災研究のあゆみを教えてくれる橋本学所長イメージ

京都大学の防災研究のあゆみを教えてくれる橋本学所長

受け継がれる「観測の京大」

 当初は、災害の理工学的基礎研究、水害防御の総合的研究、地震災害・風害など防御軽減の総合的研究の3部門で研究を開始したが、その後、毎年のように研究部門を拡張した。また、1962年に立案された国の「地震予知計画」に基づいて観測施設の設置が予算化され、西日本を中心に観測所の拡充に力を入れた。橋本所長は、「観測設備の充実は防災研究の強みになる」と力説する。

 「われわれは『観測の京大』と自負しているのですが、観測所を持って、日頃からデータを取り続けておくことは防災研究の基本中の基本。災害発生の現場で計測・研究しているからこそわかることもある。また、阿武山地震観測所などには100年近くのデータが蓄積されているので、世界の研究者にそのデータを提供し新たな研究を支援することも可能です」

 現在は、防災研の約40地点と、他機関の1000地点に設置された地震計の観測データを衛星通信やインターネットを通じてリアルタイムに収集。地震が起きたかどうかを自動判定し、震源や地震規模を計算するテレメーター室という設備も備えている。

地震予知研究センターのテレメーター室イメージ

地震予知研究センターのテレメーター室

国内トップレベルの実験設備

 観測の重視を含め、「常に、現場に立ち返る」という災害研究の基本姿勢は、防災研設立当初から変わらず受け継がれている。災害が起こったら、現場調査によって情報を収集し、分析研究して対策につなげていく。計算機能力が格段に上がり、現場で集めた数値情報に基づいて、コンピュータシミュレーションで現象の再現実験を行うことも可能だ。「しかし、依然としてアナログ実験も重要」と橋本所長は語る。

 「コンピュータシミュレーションで、何でもできるわけではありません。アナログ実験の中には、数値実験では再現できないわれわれの知らない物理過程が入っています。たとえば、木造家屋が地震で揺れるシミュレーションを行う場合、使われている木材にある筋や穴、節などを再現するのは難しく、やはり、実際に実物で動かしてみる必要があるのです」

 防災研は設立の2年後、1953年には宇治川水理実験所(現・宇治川オープンラボラトリー)を設置。以来、国内トップレベルの規模を誇る実験設備へと充実を図った。現場の観測、コンピュータシミュレーション、アナログ実験という災害研究の3本柱を押さえることのできる研究環境が、他大学にはない防災研の特長だといえる。

 多くの研究成果がこうした環境から生まれている。たとえば、地震の際の強震動を予測する手法(レシピ)を開発し、標準レシピとして国に採用されている。また、地震の震源過程の研究でも世界的な成果を上げている。レーダーを用いた集中豪雨をもたらす積乱雲の成長過程や土砂災害や洪水の予測研究なども、めざましい進歩を遂げている。近年の社会科学系の研究では、津波シミュレーションを使って津波避難のトレーニングができるスマホ用アプリの開発なども注目を浴びている。

定期的に開催される「宇治川オープンラボラトリー公開ラボ」では、一般の人が災害の恐ろしさを体験学習できるイメージ

定期的に開催される「宇治川オープンラボラトリー公開ラボ」では、一般の人が災害の恐ろしさを体験学習できる

社会が求めた「総合防災」研究

 自然環境や社会環境の変化は災害を変え、研究課題も変化する。中でも大きな変化と言えるのが、1980年代半ば頃から、防災研究に人文・社会科学的視点の必要性が叫ばれ始めたことである。

 防災研では、1986年に都市施設耐震システム研究センターを設置して、理工学の専任教員と人文・社会科学の客員教員の共同研究を開始。1993年には地域防災システム研究センターを設立し、自然外力と被災社会の地域性によって変化する巨大災害を国際的視野に立って解明することをめざした。その中で、1995年、阪神・淡路大震災が発生。同センター専任教員も活発に研究活動を行い、発表した論文は約60編、講演ものべ100回以上を数えた。

 阪神・淡路大震災を契機として、都市化の進展や社会構造の複雑化に対応した人文・社会科学、計画科学さらには危機管理までを含めた防災学の総合化が求められるようになった。1996年の改組では、社会防災研究部門と巨大災害研究センターを設置している。これらは現在「総合防災研究グループ」を構成している。

 「『総合防災』では、リスクアセスメントから、評価されたリスクをマネジメントする方向へと動き出しました。トランスサイエンス、つまり『科学では解決できない科学の問題』という原子力研究から出た言葉がありますが、防災学もまさにトランスサイエンスの一つ。科学だけでいくらリスクを評価しても、社会がどう動くかを考えながら対策につなげていかないとうまく機能しない。地域まで巻き込んだ研究が重要になってきました」(橋本所長)

発掘先SOURCE of DISCOVERY

国内外の共同研究が活発化

 改組を機に防災研は、全国共同利用研究機関となり、国内外に開かれた共同研究の場として学際横断研究を推進することになった。公開講座や研究発表講演会などを開催し、他分野の研究者と直接交流できる場づくりも進めており、これは他にない特色の一つだといえる。2010年度には、「自然災害に関する総合防災学の共同利用・共同研究拠点(以下共同利用・共同研究拠点)」の認定を受けてますます活発な共同研究を進めている。

 海外研究機関とのネットワークづくりも推進し、2011年度には、防災研究を推進する世界各国の研究機関に呼びかけ、防災研が事務局となって第1回世界防災研究所サミットを開催。これをきっかけに2015年3月にGADRI(世界防災研究所連合)が発足し、130を超える機関が加盟している。2016年度には共同利用・共同研究拠点の認定研究の中に新たに国際共同研究の枠組みを設け、MOU(国際交流協定)も70件以上締結。2018年度には、世界20カ国から48人の留学生を迎え入れており、彼らが帰国してさらにネットワークの拡大に寄与していくことだろう。

 今後の防災研の活動について、橋本所長は語る。「社会の中にあってこその防災研究であり、社会を意識しない研究は防災研究とはいえません。といって、社会が求めるからその期待に即応える、というのも防災研究としては違うと思います。研究者自ら、社会の中でシーズを見つけ、ニーズに突き動かされて学際的な研究を行っていく。そのような理想を追いかけていきたいと思います」

 温暖化による気象災害・水災害への適応、内陸地震への対処や津波のリアルタイム予測、桜島噴火や土砂災害など、今後力を入れていくべき課題は多岐にわたる。防災研には、その長い歴史を基盤に、国内外の研究者とともに最先端の防災研究を進めるとともに、世界の防災研究をリードしていく役割が期待されている。

京都大学の宇治キャンパスで開催された「第3回世界防災サミット」イメージ

京都大学の宇治キャンパスで開催された「第3回世界防災サミット」

発掘先SOURCE of DISCOVERY
京大防災学の発掘ポイントPOINT of DISCOVERY
  1. 長年の観測データの集積と、常に現場に立ち返る研究姿勢
  2. 人文・社会科学を含めた、総合防災研究にいち早く着手
  3. オープン&リンクで、最先端の防災研究を推進
この発掘記事を面白いと思ってくださった方へ

京大の防災研究が、外的な制約にとらわれない自由な発想のもと発展していくために、寄付をお願いしております。本記事と関連する基金をご紹介しますので、ぜひともご支援を賜りますようお願い申し上げます。

京都大学基金へのご寄付のお願い京都大学基金へのご寄付のお願い

人材育成を中心とする記念事業への取り組みや、
未来に向けて“京大力”を磨き続けるための運用原資として、
京都大学基金への寄付を募集しています。

↑↑